"「親呼んでみろ」新人の父を見た部長" 第1話
「おみたいな役たず、親の顔が見てみたいもんだな。おい、ここに呼んでみろよ」
曜の午。の雑居ビルにある個居酒の湿った空気が、瞬にして氷点まで凍りついた。 周囲のブースからは、週末を迎えたサラリーマンたちの楽しげな乾杯の声や、員の威勢のいい掛け声が響いている。しかし、私たちが押し込められた畳ほどの掘りごたつ個のだけは、まるで息を吸うことすら罪であるかのような、粘つく沈黙が支配していた。
今は、今度の入社員として配属された私――神崎健(かんざき・けんいち、歳)の歓迎会という名目の宴席だった。 だが、テーブルの正面に陣取る営業第部部・佐藤秀夫(さとう・ひでお、歳)のギラつく濁った瞳には、を歓迎するなど微もなかった。
ピカのロレックスをはめた太い首が、ゆっくりと傾けられる。 ジョッキの縁から溢れしたビールが、弧を描いて私のへとり注いだ。
バシャ、ボタボタボタ……ッ。
たい沫が額を濡らし、睫毛を伝って顎先から滴り落ちる。 初任の残りで買ったばかりの物の紺リクルートスーツが、瞬くに茶褐に染まり、酸化した麦芽とアルコールのを突く異臭が腔を満たした。
「あーあ、悪い悪い! が滑っちまったよ」
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佐藤は唇の端を歪めて品な嗤いを漏らすと、テーブルのにあった使用済みの布おしぼりを丸め、私の胸元めがけて投げつけてきた。 ベチャリと湿った音が、スーツの胸元で鈍く響く。
「おがいつまでもトロくせえツラして座ってるから、俺のイライラがグラスに乗り移っちまったんだよ。おの誠がりないせいだぞ、分かってんのか?」
個に同席していた名の先輩社員たちは、斉に顔を引きつらせ、乾いた笑いを浮かべた。 誰も私を庇おうとはしない。誰も佐藤を止めようとはしない。 全員が元の皿やビールグラスを見つめ、自然に線を落とし、ただこの理尽な暴力の嵐が自分に向かわないことだけを祈って息を潜めている。
佐藤にしでも逆らえば、翌から担当顧客をすべて取りげられ、社内失業状態に追い込まれた末に方の僻倉庫へばされる――その恐怖の支配が、この部署の隅々にまでき届いていたからだ。
ただ、私の隣に座っていた指導係の先輩・由美(たかはし・ゆみ、歳)だけは笑っていなかった。 彼女はテーブルので、毛玉のついたなタイトスカートの布を、指先がくなるほどく握りしめていた。 唇を噛み締め、青ざめた横顔を刻みに震わせている。
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「……ごめんなさい、健君……」 蚊の鳴くような、掠れた呟きが私のに届いた。 由美先輩は、この部署で誰よりも真面目に働き、誰よりも数字をげてきた優秀な営業課代理だ。しかし、佐藤の歪んだ支配欲の最の標にされ、毎晩終際まで雑用を押し付けられ、をすり減らしていた。
私はテーブルののおしぼりにはを伸ばさなかった。 からビールを滴らせたまま、拭おうともせず、ただ無言で佐藤の爛れた瞳をまっすぐに見つめ返した。
「……あ? なんだその目は」 佐藤の額に青筋が浮かんだ。 「の分際で、俺を睨み返してんのか? 言っとくがな、おが配属されてからのヶ、俺が言でもおの仕事ぶりを褒めたことがあるか? ゼロだろ! おは何つ数字を作れない、ただの料棒なんだよ!」
言いがかりだった。 私に仕事がないのは、私の能力のせいではない。配属初から、佐藤が図に私からすべての案件を剥奪し、社内システムの閲覧権限すら申請を放置して、コピー取りと雑用だけをしてきたからだ。
彼が私をここまで敵し、精神に圧殺しようとする理由は、ただつ。 の夜、私が誰もいないオフィスで、偶然にも佐藤の「ある致命な秘密」を踏み抜いてしまったからだった。
私はスーツのズボンのポケットにを差し入れた。
指先が触れたのは、さくたいプラスチックの触――容量32GBの、黒い暗号化USBメモリ。
佐藤は私が真相にづいていることを察し、私が告発にくに、この歓迎会という公のリンチので私のを完全に砕し、自己都退職へと追い込もうとしていたのだ。