"一度も抱かれなかった娘" 第23話
……静岡の、浜名のくにある、の栽培農園よ」
「静岡……」
「ええ。そこでみ込みで、温のカーネーションやガーベラを育てる仕事をしているわ。朝から晩までをいじって、だらけになって働いて……そうしていないと、気が狂いそうになるからって」
千はを裏返し、私の方へ押しした。
「茜はね、毎、になると私のところにをよこすの。咲良ちゃんの誕よ。にはいつも、同じことしかかれていない。『咲良は元気に笑っていますか。ご飯をたくさんべていますか。俊さんは、あの子をしてくれていますか』って」
私の目から、再び涙が零れ落ち、テーブルのに丸い染みを作った。
「あの子はね、あなたをむ言葉なんて、言もいてこなかったわよ」 千の声が、震えていた。 「ただ、咲良ちゃんが幸せでいてくれることだけを、毎祈っていた。自分が母親だと名乗りることで、咲良ちゃんの平穏な常を壊してしまうくらいなら、自分は、くから祈るのままでいいって……そうやって、をきてきたのよ」
「茜は……」 私は掠れた声で問いかけた。 「茜は、咲良に会いたがっていますか」
千は、私をれむように見つめた。 「母親が、が子に会いたくないわけがないでしょう。……でもね、あの子は自分からここへ来ることは絶対にしないわ。
広告
あなたが咲良ちゃんに『母親に捨てられた』と教え込んでいることをったら、あの子は自分のそのものが咲良ちゃんを傷つけているとって、さらにくへ消えてしまうかもしれない」
「そんなことはさせません」 私は顔をげた。 声の震えは止まっていた。自分のむべきが、ようやく定まったような気がした。
「、病院へきます」 私は千の目をまっすぐに見据えて言った。 「あの助産師さんに会い、の『母子同申請』を正式に受け取ります。そして、私ので……茜がどれだけ咲良をしていたか、その証拠を咲良に残します」
千は驚いたように目を見張った。
「そして、千さん。あなたを通じて、茜にを渡していただきたいんです。私の謝罪と……咲良のこれまでの写真をすべて同封します。咲良の親権についても、庭裁判所での調に応じる準備があることを伝えてください。私はもう、咲良を独占するつもりはありません」
千はしばらくの、息を呑んで私を見つめていた。 やがて、彼女の張っていた肩から、ゆっくりと力が抜けていくのが分かった。
「……本当に、いいのね? そんなことをしたら、あなたが守ってきた『派な父親』の板は、完全に々になるのよ」
「最初から、そんなものはハリボテでした」 私は眠る咲良のを、そっと撫でた。
広告
「私は父親として、番切なことを違えていました。子どもを守るということは、自分を良く見せることじゃない。どんなに無様でも、残酷でも、真実のにって、その子の痛みを緒に背負うことだったんです」
千はさく息を吐き、テーブルののを元に引き戻した。 「……分かったわ。は預かる。でも、茜がどう返事をするかは、私には約束できないわよ」
「ええ。それで分です」
をる、千は咲良の眠る顔をもう度だけ見つめ、私に言った。 「……しだけ、見直したわ。ほんのしだけね」
その言葉を残して、千は夜のへと消えていった。
翌週の曜、私は休暇を取り、再び緑町総病院を訪れた。
産科病棟のナースステーションで望助産師を呼びすと、彼女は先週と同じ、静かで厳しい差しで私を迎えた。 案内された面談で、私は机のに枚の類を置いた。
『保管資料受領』。 私の署名と捺印が、今度は歪むことなく、まっすぐに押されていた。
「望さん」 私はちがり、くをげた。 「先は、取り乱して暴言を吐いてしまい、変申し訳ありませんでした」
望は鏡の奥の瞳をわずかに見き、静かに私を見つめていた。
「あの申請を……茜が残してくれたあの記録を、正式に引き取らせてください」 私はをげたまま、言葉を続けた。
「娘に、見せました。そして、私が犯した過ちを、すべて話しました。病院の規定に従い、カルテの破棄には同いたしますが、あの申請の原本だけは、どうか私に……いえ、咲良に譲っていただけないでしょうか」