"介護で表彰される嫁――私は認知症に仕立てられた" 第5話
相談員が本ので自宅へ戻ったと伝えると、今度は画へ《認症の姑が突然消えました》と投稿した。しかし弁護士から削除請が届き、1ほどで非公になった。
夕方、直が自宅へ来た。しい鍵で入れず、インターホン越しに私へ話をさせてほしいと頼んだ。私は永井先と森さんが同席する翌の面談を指定し、そのは帰ってもらった。
翌、息子はで来た。映像の会話について尋ねると、直は広告収入があることも、の演があることもっていたと認めた。ただ、塩を入れ替えたり、携帯話を隠したりするほどだとはらなかったという。
「耶は介護で疲れていた。画でし収入になるなら、母さんにも悪い話じゃないとった」
「私に度でも聞いた?」
直は答えなかった。広告収入の部は計へ入り、彼自も恩恵を受けていた。撮用具を買い、族旅へき、宅ローンがある設定にわせて“返済”の画まで撮っていた。
私は細を見せた。427万円のうち、どこまでっていたか尋ねると、直はカメラ代と具代だけだとっていたという。ブランド品や現引きしについては初めて見る顔をした。
「耶を問い詰めるに、あなた自の記憶をいて。っていたことと、らなかったことを分けて」
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私は息子に、妻を連れてきて謝らせることを求めなかった。夫婦喧嘩に変われば、直は自分も黙認した事実を“妻に騙された”話へ置き換えるだろう。彼自の責任を先に形へ残させる必があった。
面談の最、退通を渡した。直は顔をげ、「このまで取りげるのか」と言った。
「取りげるのではないわ。私のを、私が使うの」
「美はどうなる」
「6かあります。あなたたちが親としてむ所を決めて」
息子は、私が孫を質にしているような言い方をした。私は美が希望するなら、卒業まで自宅から通う選択肢も考えると伝えた。ただし、親の代わりに孫へ活責任を負わせるつもりはない。
直が帰ったあと、耶から留守番話が32件入った。泣きながら謝るもの、私が画で名になれたと主張するもの、を奪えば孫が傷つくと責めるもの。最の件だけ、声の調子が違った。
《授賞式までは騒がないでください。賞が入れば、おは全部返せます》
賞は30万円だった。
427万円を返せるはずはない。
彼女は授賞式のに、もっときな契約を控えていた。
弁護士を通じて広告収益と契約資料の示を求めると、耶の代理から回答が届いた。アカウントの収はいで83万円、ないでも41万円。半の広告・紹介収入は計約412万円だった。
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これとは別に、授賞式の主催企業と720万円の専属契約が準備されていた。齢者向け見守り器と宅配を紹介し、《宅介護から施設入所までを追う族記録》として連載する。私の施設入所は、契約の企画だった。
契約の演者欄には私の名があり、本同も添付されていた。署名は私のものではない。印鑑は、入院に直へ預けた印と似た形だった。
耶は、認症で判断能力がした姑に代わり、族が同したと説していた。しかし彼女は法定代理でも成見でもない。直は配偶者として契約確認欄へ署名していた。
息子は、これは撮所と程の確認だと聞いていたと主張した。細かい字を読まず、耶が示したページへ署名したという。私はもう驚かなかった。彼は何も見ないことで、責任が発しないとっていた。
永井先は主催企業へ、私が認症と診断されておらず、演や施設入所へ同していないことを通した。企業側は調査するため契約執を止すると回答したが、授賞式そのものは止しなかった。耶が期介護してきた事実まで否定されたわけではないと考えたらしい。
私は授賞式へかないつもりだった。画を削除し、を返し、から退すればよい。
公衆ので嫁を追い詰めることが目ではない。
ところが、美から連絡が来た。母親がしい受賞映像を作り、元画をすべて消そうとしているという。