みかん小説
本棚

"診察室に入れなかった私" 第15話

義母が叫び、神医師のからボールペンを奪い取ろうとしました。

「健の代わりに、母親である私がサインします! だからあの子を解放してやって……!」

「ダメです」

その甲い叫び声を切り裂いたのは、々しく、けれど氷のように研ぎ澄まされた声でした。

ストレッチャーの。 私は自分の震える指先で、元を覆っていた酸素マスクを乱暴にしました。 シューッ、と漏れる酸素のたいが、汗にまみれた頬を撫でます。

「千さん!?」 義母が目を見きました。

私は両肘をシーツに突きて、激痛に引き裂かれそうな腹部を庇いながら、無理やりにを起こしました。 護師が「ダメです、かないで!」と肩を押さえようとしましたが、私はそのを制し、壁際でさく蹲る健を、真っ直ぐに見据えました。

「……お義母さん、ペンを置いて」

私の瞳には、涙の滴すら浮かんでいませんでした。 そこにあったのは、底れぬりと、逃げ続けるに対する絶対な拒絶でした。

「千さん、あなた何を言っているの!? 健を守るために私が——」

「お義母さんには、サインする資格なんてありません」

私は義母の言葉を容赦なく遮りました。

「この子は、私と健の子どもです。あなたの子どもじゃない。そして健は、もうとっくに守られるべき子どもじゃない。

広告

を超えた、の男で、この子の父親になるはずのです」

私は呼吸を荒げながら、壁に背を張り付ける夫を見つめました。

「健。こっちを見なさい」

夫の肩が、ビクリとがりました。 恐る恐るげられたその瞳は、濁り、焦点が定まっていませんでした。

「千……頼むよ……おがサインしてくれ……おが拒否するって言ってくれよ……」

「絶対にしない」

私は徹に言い放ちました。

「私は、あなたの逃げにはならない。あなたの代わりになって、この子の命を諦めるような真似は、がひっくり返っても絶対にしない」

「千ッ……!」

「お父さんがくなったのは、医療事故だったかもしれない。運命の残酷な劇だったかもしれないわ」

私は脂汗をぬぐいもせず、言、健臓を抉るように言葉を叩きつけました。

「でもね、健。今、もしこの子がんだら、それは運命のせいじゃない。医療のせいでもない。何つ決められず、責任を妻になすりつけ、自分の保のためにペンを投げした……あなたの、その汚い臆病さのせいでぬのよ」

の呼吸が、ヒッと喉の奥で詰まりました。

「あなたが今、そのペンを持たずにここから逃げすなら、あなたは被害者じゃない。自分ので、が子を見殺しにした殺者よ」

「ち、違う……! 俺は……俺はただ……!」

「先、あと何分ですか」

広告

私は健から線をし、神医師に尋ねました。 医師は腕計を睨みつけ、無慈に宣告しました。

「胎児の拍がを切りました。猶予はありません。あと分です」

「聞こえた、健?」

私は再び、夫を睨みつけました。

「サインをしなさい。そして、背負いなさい。もしこの子に何かあっても、あなたが選んだ結果として、私と緒に背負いなさい。それが嫌なら、今すぐ私の目のから消えて、度と父親を名乗らないで!」

「健……っ!」 義母が取り乱して息子の腕を掴もうとしました。

しかし、健はその母親のを、激しい勢いで振り払いました。

「ああああああっ!!」

獣のような咆哮が、無質な廊に響き渡りました。 健うようにしてストレッチャーへと突し、神医師のからクリップボードとボールペンを奪するように掴み取りました。

そのは、が破れそうなほど激しく震えていました。 涙が、が、ポタポタと同の表面に落ちて滲みを作ります。

「う、うわあああっ……! うあああっ!」

彼は声をげて泣きじゃくりながら、子どものような汚い跡で、配偶者署名欄にペン先を突きてました。

佐、藤、健、

震える文字が、黒々とに刻み込まれました。

いたぞ……! いただろ千ぁっ! 俺の名だ! 俺が……俺が決めたんだよぉっ!!」

はそのに両膝をつき、ストレッチャーの属フレームに額を打ち付けて、号泣しました。

それは、彼がで、の名を借りず、に隠れず、自らの志と責任においてした、まれて初めての「決断」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: