"元警察官の父が娘に渡した一枚の封筒" 第1話
「どうした、その頬」
玄関のがり框にをかけた瞬、父の誠が言った。声はく、責めるような響きはなかったが、私は反射にの頬へをやりそうになり、慌ててバッグの持ちを握り直した。
朝、鏡ので20分もかけてファンデーションをねた。髪もいつもよりく横へ流し、い青が残っている部分を隠したつもりだったのに、30以警察官をしていた父の目はごまかせなかったらしい。
「棚の角にぶつけちゃったの。私、そそっかしいから」
笑ってみせると、誠は私の頬をもう度見た。それ以は何も言わず、「そうか」とだけ答えて台所へ向かった。
母がくなって4、父はこの古い戸建てにで暮らしている。私は結婚してからで40分ほどれたマンションへ移り、以はに度くらい顔をしていたが、ここ半ほどは仕事やの用事を理由に訪れる回数が減っていた。
本当は、忙しかったからではない。
父に会うのが怖くなっていた。
警察官だったからではない。私のちょっとした声の変化や、べる速度、座っているの肩の力まで、昔からよく見ているだったからだ。
居で向かいってお茶をんでいると、誠が何でもないことのように尋ねた。
「拓也君は元気か」
夫の名がた瞬、私は湯呑みへ線を落とした。
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「うん。最、仕事が忙しいみたい」
「そうか」
それだけだった。
何があった、とも聞かない。棚のどこにぶつければそんな痣ができるんだ、と追及もしなかった。
私はしたはずなのに、胸の奥に妙な寂しさが残った。
3、拓也とは夕のことで言い争いになった。帰宅が遅くなると連絡をもらっていたので夕を蔵庫へ入れておいたのだが、夜に帰ってきた彼は「俺が帰るくらい考えろ」とりした。
私も疲れていた。
「連絡してくれたにわせただけでしょう」
そう言い返した。
その言で、拓也の顔から表が消えた。
次の瞬、腕をくつかまれ、壁際へ押された。頬を直接殴られたわけではない。よろけた拍子に棚の縁へぶつかっただけだ。
だから私は、本当に「棚にぶつけた」と言えなくもなかった。
その夜、拓也はすぐに謝った。
「ごめん。仕事で余裕がなかった。度としない」
翌朝には駅のケーキまで買ってきた。
だから、もう終わったことにしたかった。
夕方、実をるだった。
靴を履いている私の背へ、誠が声をかけた。
「織」
「何?」
「あいつの会社、どこだった」
臓が度、きく鳴った。
私はゆっくり振り返った。
「……何で?」
「に聞いた気もするが、忘れた。所だけ教えてくれ」
父の顔はいつも通りだった。
っているようにも、何かを企んでいるようにも見えない。
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だから余計に怖かった。
「変なことしないでよ」
自分でも驚くほどい声がた。
誠の眉がわずかにく。
「何の話だ」
「拓也は関係ないから。本当に棚にぶつけただけ。会社にったり、昔のりいに調べてもらったりしないで」
言えば言うほど、私は自分から何かを認めているような気がした。
誠はしばらく私を見た、静かに頷いた。
「分かった」
「本当に?」
「ああ。気をつけて帰れ」
それ以、何も言わなかった。
に乗ってから私はきく息を吐いた。
父は気づいている。
たぶん、ほとんど気づいている。
それでも私は、助けてほしいとは言えなかった。
玄関をけると、拓也はすでに帰宅していた。ネクタイを緩め、ソファでテレビを見ていた彼が、私の顔を見るなりリモコンを置いた。
「実、どうだった?」
「普通だよ。お父さんも元気だった」
「俺のこと、何か言ってた?」
背が張った。
「別に」
拓也はちがり、私のまで来た。
線が、化粧で隠した頬の辺りに止まる。
「本当に?」
「うん」
私は蔵庫をけるふりをした。
けれど、その夜。
夕をべ終えたころ、私は耐えきれずを滑らせた。
「そういえば、お父さんがあなたの会社の所を聞いてた」
拓也の箸が止まった。
ほんの瞬だった。
しかし私は、彼の顔から血の気が引いたのを確かに見た。
「……会社の所?」
そして数秒。
拓也は、笑った。
「さすが元警察官だな」
元だけで。
翌から、拓也は別のように優しくなった。
会社帰りに私の好きなプリンを買ってきて、洗い物まで伝った。