"母は死んだと書いた娘" 第21話
康平は答えなかった。ただ、膝のに置いた拳を震わせ、を見つめているだけだった。
「もし、それが受け入れられないというなら……私とあなたの婚姻関係を解消します」
康平がガバッと顔をげた。その顔には、信じられないという驚愕が張り付いていた。 「り……婚だと? お、何を言ってるんだ……!?」
「私は本気よ」 私の声には、片の迷いもなかった。 「あなたがこの子のを殺してまで自分の体裁を守ろうとするなら、私はあなたと緒にいるがありません。、私がこのにいたのは、あなたを世体のいい男にするためじゃない。この子の成を、隣で見守りたかったからよ。それをあなたが壊すなら、私は葵を連れてこのをる準備をします。静岡のお母様も、葵を引き取ることを歓迎してくださるはずよ」
「……っ」
康平の喉から、苦悶の呻きが漏れた。 妻に逃げられ、娘に絶縁され、義実からも見放される。 彼が何よりも恐れていた「世体の完全な破滅」が、目のに突きつけられたのだ。
い、い沈黙がリビングを支配した。 柱計の秒針が、残酷なまでに正確にを刻んでいく。
やがて、康平はいため息をつき、力なく両をダラリと垂らした。 その背は、朝までの傲なの面はなく、ただの老け込んだれな男のものだった。
「……勝にしろ」
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絞りすような、掠れた声だった。 「好きにすればいいだろ……。もう、俺は何も言わん」
康平はい取りでちがると、私たちと度も目をわせることなく、階の寝へと消えていった。 バタン、とドアの閉まる音が、このの偽りの秩序の終焉を告げていた。
リビングには、私と葵のだけが残された。
張り詰めていた空気が、ふっと緩む。 私はく息を吸い込み、葵に向き直った。
「葵。……学の類、き直そうか」
葵は涙を拭い、さく頷いた。
私はバッグから、学から持ち帰っていた『庭環境調査票』の予備のプリントを取りした。 テーブルののゴミを片付け、ペンを置く。
葵は子に座り、ペンを握った。 氏名、所、そして族構成の欄。
葵のペン先が、瞬だけ止まった。 彼女は私を見げ、し照れくさそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。
葵がいた文字を、私は隣から静かに見つめていた。
父・浅井康平 実母・浅井志保(に病気のため界) 同居(保護者)・浅井朋代
緊急連絡先の欄には、康平の番号の隣に、私の携帯話番号が、丁寧な跡でき添えられた。
誰も消さない。 誰もきしない。 んだ母も、きている継母も、歳の彼女のに確かにしているとして、ありのままにそこに記されていた。
き終えた類を両で挟み、葵はきく息を吐きした。
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「……できた」
「うん。すごくいい字ね」
その、葵のお腹が、グウときな音をてた。 静まり返ったリビングに響いたその音に、葵は顔を真っ赤にして両でお腹を押さえた。 「あ……」
私はわず、クスリと笑ってしまった。 昨夜から何もべておらず、静岡まで往復したのだ。お腹が空かないはずがなかった。
「汁巻き卵、焼こうか。鮭も残ってるし、お噌汁もすぐ温めるわ」
私が台所へ向かおうとした、その瞬だった。
「朋代さん」
背から、呼び止められた。
振り返ると、葵が子からちがり、私に向かって々と、直角にをげていた。
「葵……?」
「……美しいご飯を、作ってくれてありがとうございました」
葵の声は、涙で震えていた。 けれど、それは罪悪の涙ではなかった。 からの、真っ直ぐな謝の響きだった。
「私のことを……見捨てないでいてくれて、ありがとうございました。私、朋代さんのご飯が、世界で番好きです」
胸の奥の、番柔らかい所が、じわりと温かいで満たされていくのをじた。 界が涙で滲む。 私は首を振り、歩み寄って、葵の細い肩を抱き寄せた。
「お礼を言うのは私の方よ。……べてくれて、ありがとう。葵」
『お母さん』という言葉は、そこにはなかった。 けれど、そんな記号のような呼び名など、今の私たちには何のも持たなかった。 私たちは、自分たちので、のをかけて、誰にも壊せないしい絆の形に辿り着いたのだから。
翌、葵はしくき直した調査票を持ち、堂々と学へ登していった。