"母は死んだと書いた娘" 第16話
すべての点と点が、凄まじい痛みと共に繋がった。
歳の女にとって、母親の最期の言葉は、絶対の掟だったのだ。 父親が再婚し、しい女性がに入ってきても。 そのがどんなに優しくしてくれても。 どんなに温かいご飯を作ってくれても。
そのを「お母さん」と認めてしまえば。 その温もりを受け入れてしまえば。 たいので眠る実の母親を、自分が度殺すことになる。 母親を裏切り、孤独の淵に置きりにすることになる。
だから葵は、、私の名を塗りつぶし続けた。 だから葵は、学の類で私のを抹殺したのだ。 それは私への憎しみではない。 んだ母親を守るための、そして母親を裏切りそうになる自分を繋ぎ止めるための、血みどろの防波堤だったのだ。
「あの子はね、あなたのことを嫌ってなんかいませんよ」 文恵さんが、涙で濡れた顔をげて言った。 「ここに着いた、あの子、泣きながら言ったんです。『朋代さんのご飯がべたい』って。『朋代さんが作ってくれたマフラーを巻いて、学にきたい』って。『でも、そんなことをったら、お母さんが泣いちゃう。私、どうしたらいいか分からない』って……」
私の目から、粒の涙がとめどなく溢れした。 畳のに、涙が黒い染みを作っていく。 胸が、張り裂けそうだった。 なんて残酷な荷を、この子はたったで、歳から歳までの、背負い続けてきたのだろう。
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父親は世体のために過を塗り潰そうとし、実の母親はの恐怖から呪いの言葉を遺した。 のエゴとさの狭で、葵はずっと、息もできずに溺れていたのだ。
「お母様」 私は涙を乱暴に拭い、ちがった。 「葵の部へかせてください」
文恵さんは止めなかった。ただ静かに頷き、階段を指し示した。
ギシ、ギシと古い造の階段をがる。 突き当たりにある、かつて志保さんが使っていたという部。 ドアのにち、私は呼吸をした。 からは、微かな擦れの音と、押し殺したをすする音が聞こえていた。
「葵」 私はドアにを当て、静かに声をかけた。
部のの気配が、ピタリと止まった。
「……朋代さん?」 信じられないものを見るような、掠れた声が返ってきた。 「どうして……どうしてここが……」
「お父さんは来ていないわ。私よ」 私はドアノブにをかけたが、内側から鍵がかかっていた。 「けてくれなくていい。顔も見なくていい。ただ、私の話を聞いて」
「帰ってよ!」 葵の鳴のような叫び声が、い製のドアを震わせた。 「何しに来たの!? 私を連れ戻して、あの類に判を押させるため!? 私を無理やりあなたの娘にするため!?」
「葵」 私は背筋を伸ばし、言言、魂を込めるように言葉を紡いだ。
「私、ベッドののクッキー缶を見たわ」
ドアの向こうが、息を呑むように静まり返った。
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「志保さんの写真も、お弁当のメモも、全部見た。……ごめんね、葵。勝に見て本当にごめんなさい」 私はドアに額を押し当てた。 「あなたの苦しみに、も気づいてあげられなくて、本当にごめんなさい。……私の作ったご飯を、美しいとってくれてありがとう。私のメモを、捨てずに取っておいてくれてありがとう」
「やめて……」 ドアの向こうから、嗚咽交じりの声が漏れた。 「言わないで……お願いだから……」
「あなたは、お母さんを裏切ってなんかいないわ」 私は言い切った。 「志保さんはね、あなたを苦しめるためにあの言葉を遺したんじゃない。ただ、自分が消えてしまうのが怖かっただけ。誰よりも、あなたをしていたから……自分の命が消えていくのが、ただ怖かっただけなのよ」
「でも……っ、私、朋代さんのこと……っ!」
「いいのよ」 私はバッグの底から、あの緑の枠線の類――『養子縁組届』を取りした。 康平の署名と印鑑が押された、傲な切れ。
「私はね、あなたのお母さんになるために、ご飯を作ってきたんじゃない」
私は両で、その類の端を掴んだ。
ビリッ。
乾いたの裂ける音が、静かな廊に響き渡った。
「え……?」 ドアの向こうで、葵が息を呑む気配がした。
ビリッ、ビリビリッ。
私は切の躊躇なく、養子縁組届を何度も、何度も引き裂いた。 康平の名も、私の名も、法な枠組みも、すべて無残な屑へと変えていく。