"十四歳で板前奉公へ――少年が料理人になるまで" 第11話
「どうしてうちなんだ」
正が聞く。
「にべた煮魚がうまかったからです」
単純な答えだった。
「料理になりたいのか」
「分かりません」
正は眉をげた。
「分からない?」
「でも、覚えたいです」
歳の自分とは違う。
制されて来たのではない。
自分で来た。
正は誠へ雑巾を渡した。
「まず」
文が奥で笑っていた。
「あなたも結局それなのね」
「基本だ」
誠は最初、何度も失敗した。
遅刻もした。
包丁を持たせれば、格好ばかり気にした。
正は腹がった。
「料理は見せ物じゃない」
ある夜。
誠が突然言った。
「辞めます」
正はを止めた。
「そうか」
「止めないんですか」
「止めて残るなら、最初から辞めるって言うな」
誠は黙った。
翌。
本当に来なかった。
週。
週。
正は何も言わなかった。
か。
のに誠がっていた。
「もう度お願いします」
「何で」
「別の仕事したけど、包丁握ってたの方が楽しかった」
正はし笑った。
「じゃあ今度は、自分で決めたんだな」
「はい」
「入れ」
そのから誠は変わった。
正も教え方を変えた。
昔の寅吉のように、
「見ろ」
だけでは済ませない。
理由を説する。
ただしは本にかさせる。
失敗もさせる。
正はようやく分かった。
師匠の役目は、
弟子を自分と同じ料理にすることではない。
自分で選べるところまで、
技術を渡すことなのだ。
数。
誠は別のへ修業にたいと言った。
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正は、
「け」
と答えた。
「止めないんですか」
「おまでこのに縛りつける気はない」
誠はくをげた。
正は本のしい包丁を渡した。
「俺の古いやつじゃないんですね」
「当たりだ」
「ちょっと期待しました」
正は笑った。
「これは俺のだからな」
それぞれのには、
それぞれの本があればいい。
そうった。
正がを過ぎると、ち仕事が堪えるようになった。
膝。
腰。
目。
昔なら気いで誤魔化せたものが、誤魔化せなくなった。
町も変わった。
古い商が軒、また軒と閉じる。
若い客は別の所へく。
常連もを取る。
来なくなったとったら、
「あの、くなったそうですよ」
と聞くことも増えた。
正はく考えた。
そしてを閉めることにした。
健太へ話した。
「、終わりにする」
しばらく沈黙があった。
「そうか」
「寂しいか」
「寂しいよ」
正はし嬉しかった。
「継がなかったくせに」
「それとこれとは別だろ」
親子で笑った。
最の営業。
昔の常連が何も来た。
誠もくから駆けつけた。
「親方」
その呼び方に、正はまだ慣れなかった。
「俺が親方か」
「今さら何言ってるんですか」
最の客は、以通ってくれた老だった。
「いこと世話になったな」
正はくをげた。
「こちらこそ」
客が簾をくぐってていく。
扉が閉まる。
静かになった。
文が厨へ入ってきた。
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「終わったね」
「ああ」
で内を見る。
何もった板。
正がいつもいた所だけ、がわずかにすり減っている。
鍋を片づける。
皿をしまう。
まな板を洗う。
最に残ったのは、本の包丁だった。
歳の、寅吉から渡されたもの。
もう実用には向かないほど刃がさくなっている。
正は布で拭いた。
「それ、どうするの」
文が聞く。
「持って帰る」
「当然ね」
簾をす。
正はのへた。
板を見る。
《》
何も毎見てきた名。
母はずっとにくなった。
父もいない。
弟や妹も、それぞれ老になった。
歳でをたが、
ここまで来た。
「帰ろう」
文が言った。
正は頷いた。
「うん」
の鍵を閉める。
鍵を度引っ張る。
確認する。
料理は、最まで準備と確認だ。
寅吉の声が聞こえた気がした。
《仕事は始まるに半分決まる》
正は笑った。
今度は、
仕事を終える準備も、
自分で決めることができた。
を閉めてほど経ったある。
孫の翔太が遊びに来た。
歳。
偶然にも、正がをたと同じだった。
翔太は押し入れの奥で、古い包丁を見つけた。
「おじいちゃん、これ何?」
「触るな。古くても刃物だ」
正が受け取る。
「昔使ってた包丁」
「そんなさいの?」
「最初はもっときかった」
「何使ったの」
正は考えた。
「何だろうな」
翔太は包丁を興そうに見た。
「おじいちゃんって、どうして料理になったの?」
正はし笑った。
今まで何度も聞かれた質問だった。