"昭和40年、15歳で東京へ出た少年" 第12話
「あん?」 「俺たちは、つの言葉を持ってるんだよ。京できていくための言葉と、故郷の親をうための言葉。……どっちかつを捨てる必なんてない。つの所をき来しながらきていくのが、俺たち集団就職でてきたの運命なんじゃないかな」
吉は驚いたようにミノルを見つめ、やがて「ふっ」とい歯を見せて笑いました。 「……お、たまに偉そうなこと言うよな。さすが京の職さんは違いますわ」 「よせよ」 は笑いい、残りのたくあんをに放り込みました。
言葉は、単なる記号ではありませんでした。 それは、が故郷をれ、見らぬ荒野に自分の根をろしていく過程で流した汗と涙の、消えることのない輪そのものだったのです。
昭代。 ミノルが京の町で青を削り取っていたその季節、本という国全体が、まるで巨な坂を駆けがる蒸気関のように、猛烈な気と速度をげてしていました。
昭の、アジアで初めて催された京オリンピックの余韻が、まだのあちこちに残っていました。 の休憩にあったさなインチの黒テレビのに全員で肩を寄せい、の魔女と呼ばれた女子バレーボールチームがソ連を倒した瞬や、マラソンの円幸吉選が国競技へび込んできた姿に、拳を握りしめて歓声をげた記憶。
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「本も、捨てたもんじゃねえな」 のベテラン職が呟いたその言葉に、ミノルたち若い員も、胸の奥がくなるような誇らしさを共していました。
オリンピックにわせて突貫事で通した幹線、首都速。 京のからは面が次々と姿を消し、代わりに無数のダンプカーとマイカーがを埋め尽くしていきました。 造のが壊された跡には、無質な鉄筋コンクリートの「公団宅」――団が林し、々はこぞって黒テレビ、気洗濯、気蔵庫の「種の神器」を買い求め、さらにはカラーテレビ、クーラー、自の「3C」へと欲望の階段を駆けがっていきました。
協精製作所の仕事も、爆発に増え続けました。 自メーカーの請け部品、メーカーのモーター軸、建設械の油圧バルブ。 作れば作るほど売れる代でした。 の旋盤は休むことなく回転を続け、夜を過ぎても残業のかりが消えることはありませんでした。 ミノルの基本も、を追うごとにねがっていきました。 千百円だった初任は、には万千円を超え、歳を迎える頃には万円に達しようとしていました。
「ミノル、今の残業当、すげえことになってるぞ」 料袋をにした吉が、目を輝かせて封筒を振ってみせました。
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消費の欲望が、若い員たちのをも捉え始めていました。 仲のは、半分のボーナスをすべて注ぎ込んでパイオニアのステレオセットを買い、寮の部でビートルズや美空ひばりのレコードを鳴らしました。 別の仲は、休に座へかけてオーダーメイドのスーツを仕て、誇らしげにポマードで髪を固めて歩きました。
けれど、が豊かになり、華やかなネオンが夜空を埋め尽くしていくのと反比例するように、ミノルがに回帰郷するたび、のは静かに、確実に痩せ細っていきました。
「今の学の卒業もな、ほとんど京と名古へ稼ぎにっちまったよ」 囲炉裏端で酒を酌み交わす父の言葉は、を追うごとにく沈んでいきました。 からは若者の姿が消え、畑を耕すのは腰の曲がった老と女たちばかりになっていました。 の収穫祭になっても、かつて神輿を担ぎげていた若衆の掛け声は途絶え、太鼓の音だけが寂しくあいに響いていました。 田んぼのあぜには雑が目ち始め、耕作を放棄された荒れが、虫いのように広がっていました。
京の眩い繁栄は、方の無数の農から、最も瑞々しい若者たちの労働力を吸いげることで成りっている。 その巨な歴史の歯を、ミノルは故郷の荒れ果てた畦にちながら、肌にしみてじていました。