"昭和40年、15歳で東京へ出た少年" 第4話
昼の緊張が解けた内には、い疲労と、夕とともに忍び寄る底れぬ孤独が漂い始めました。
京へけば、料がもらえる。 貧しい実に仕送りができる。 弟や妹を、の学へかせてやることができる。 ラジオや雑誌で語られる「京」というは、眩いばかりの未来に満ちているはずでした。 けれど、そうした希望のを抱く胸のすぐ裏側には、暮らした温かな囲炉裏の記憶と、度とあの々には戻れないという決定な断絶の予が、たい刃のように突き刺さっていました。
陽が落ち、夜の帳が窓を完全に塗り潰した頃、隣の女が窓の黒いガラスを見つめながら、ポツリと呟きました。
「……うちの、になったら、裏の桜が斉に咲くんよ。すっごく綺麗なんよ」
ミノルは、女の横顔を見つめました。 女の瞳に、夜の内の蛍灯がぼんやりと反射していました。 「……そうか」 ミノルは、それ以気の利いた言葉を見つけることができませんでした。ただ、自分の故郷の桜の姿をい浮かべながら、さく相槌を打つことしかできませんでした。
夜遅くになっても、列は減速することなく、漆黒ののをへとひたり続けました。 窓硝子に映る自分の顔の向こう側に、折、名もらぬ町の灯が瞬いては、ろへと流れて消えていきます。
広告
眠りに落ちることなど到底できませんでした。 シートの背もたれに部を押し当て、目を閉じても、の奥にはガタゴトという鉄輪の音が鳴り響き、瞼の裏には今朝別れたばかりの母の割烹着のさと、父のげたの平が浮かんできました。
ふと隣を見ると、あれほど張り詰めていた女が、呂敷包みを抱きかかえるようにして、浅い眠りに落ちていました。 窓の隙から入り込むたいすきまにを縮めながら、折さくじろぎをするそのあどけない寝顔は、故郷に残してきた妹の顔となって見えました。
く、窓の彼方に、それまで見たこともないような密度のの帯が見え始めました。 つの灯ではなく、幾万、幾万という灯が連なり、夜空を淡いに染めげている巨なの。 「……京だ」 方の席で、誰かが掠れた声で囁きました。 その声に弾かれたように、眠っていた女たちが斉に顔をげ、夜の窓硝子へと額を擦り寄せました。
それは、たちがこれまできてきたの暗とは、決定に異なる世界の輝きでした。 恐ろしくもあり、美しくもあり、そして徹に自分たちを呑み込もうとしている巨な坩堝の気配でした。 ミノルは胸ので両を固く組み、づいてくるの渦を、瞬きもせずに見つめ続けました。
広告
昭、の朝。 い夜をり抜けた集団就職列は、甲いブレーキ音と軋むような鉄の摩擦音を響かせながら、終着・野駅の暗い端式ホームへと滑り込みました。
ドアがいた瞬、ミノルを圧倒したのは、腔を突く独特の空気でした。 炭の燃えかすの煤けた匂い、油の焦げた臭気、そして何万ものが吐きす気と汗の匂いが混ざりい、ひんやりとした朝の気のにち込めていました。
ホームにりったミノルは、あまりののさにがすくみ、にした荷物を握りしめたまま、そのから歩もけなくなってしまいました。 見げるばかりのい鉄骨の井。煤煙で黒ずんだいドームの根のを、けたたましい構内アナウンスと、無数の革靴がいコンクリートを叩く音が、反響しながら渦を巻いていました。 故郷の駅の、あののどかな静けさはどこにもありませんでした。
「これ……これが、京か……」
呆然とち尽くすミノルの周りを、同じ列から吐きされた勢の女たちが、げな波となって押し流されていきます。 ホームの柱という柱、改札へと向かう通のいたるところに、迎えの企業の々がち並んでいました。 彼らのには、とりどりの旗やベニヤ板で作られたプラカードが掲げられていました。
『〇〇紡績株式会社』『〇〇属業』『〇〇プレス製作所』『〇〇学』――。