"車椅子の姑を1年間介護したのに、遺産は1円もいらない嫁が家を出た日" 第5話
戻ってほしい理由
3、健太は美咲の法律事務所へ現れた。
紺のスーツには皺が残り、剃り残した顎には疲労が浮いていた。芳子の介護は昼だけ民事業者へ頼み、夜は健太が対応しているという。恵子と徹が伝ったのは、それぞれ2にも満たなかった。
向かいに座った健太は、綾のを度だけ見た。い包帯はくなっていたが、指を曲げると傷が引きつる。それでも彼が最初に尋ねたのは痛みではなく、いつへ戻るのかということだった。
健太は子に座るなり、綾ではなく美咲に向かって話し始めた。
革の類鞄からは、芳子がいたという便箋がのぞいていた。健太はそれを綾のへ置いたが、文章は《帰ってくれば今回の無礼は許す》から始まっていた。謝罪ではなく、命令の形を変えただけだった。
「夫婦喧嘩をげさにしないでください。母も言いすぎたと反省しています。綾が戻れば、全部元通りになるんです」
「元通りとは、綾さんが仕事をせず、毎朝4に起きて、お母様を無償で介護する状態ですか」
美咲に問われ、健太は唇を結んだ。
綾は包帯のくなったを膝に置き、夫を見た。
「私が戻れば、お義母さんのをもらえると言いたいの?」
「そうじゃない。でも母さんの財産は、いずれ俺たち夫婦の活を支えるものだろ。
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今ここですれば、将来は困らない」
「その将来まで、あと何?」
綾の問いに、健太は目をそらした。芳子が10きれば、綾は44歳になる。そのに失う収入も、教師としての経歴も、傷めた腰も、彼の計算には入っていなかった。
やはり、このは何も分かっていなかった。
芳子がきている、も預も芳子自のものだ。健太が自由に使える財産ではない。それでも彼は、母親の老を妻ので払い、残った財産だけを自分が受け取るつもりでいる。
「私は、お義母さんの遺産を1円も求めません」
綾が言うと、健太は堵したように肩を落とした。
「だったら、もうを張る必はないだろ」
「まだ分からないのね」
綾は黒いファイルから、自分が専任採用を辞退したのメールを取りした。続けて、健太から届いた《今は母さんを助けてくれ。俺が事にする》というメッセージを置いた。
「私はおが欲しくてていったんじゃない。あなたが約束を守らず、私を族ではなく無料のとして扱ったからていったの」
「俺だって働いて計を支えていた」
「私が働けない状態を作ったのは誰?」
健太は返事の代わりに、机のの便箋を折った。綾はその仕を見て、これまで何度も話が通じなかった理由を悟った。彼は介護を夫婦の問題だとっていない。
母親から逃げるために妻へ渡した荷物だとっているのだ。
美咲は、資料を3つに分けた。
1つ目は68万4320円の替。2つ目は夫妻の預や記録を含む共同財産の覧。3つ目は、が集めた2社分の介護サービス見積だった。
「介護記録は、芳子さんの状態と綾さんが担った内容を確認する資料です。これを、そのまま労働契約の与として請求するわけではありません」
健太はで笑った。
「当然でしょう。族の介護に料がるわけじゃない」
「ええ。ですから、綾さんはもう族として無償で引き受けません」
美咲は2通の見積を伏せたまま、健太のへ滑らせた。
「では、綾さんが1、無料でしてきたことを、に頼んだの額をご覧ください」