"継母が私に遺した「価値ゼロ」の古民家" 第3話
畳のワンルームは、夕暮れの暗がりのでひっそりと静まり返っていた。
はに置いた旅鞄の横に座り込み、佐藤弁護士から渡された茶封筒をけた。から転がりてきたのは、黒ずんだ真鍮製の古い鍵が本と、黄ばんだ公図のコピーだった。
スマートフォンを取りし、記載されていた所を図アプリに入力してみる。
画面に表示されたのは、都から幹線とローカル線を乗り継ぎ、さらに数本しかない線バスでを揺られた終点にある、いあいの寒だった。ストリートビュー能を使おうとしても、の途で青いラインが途切れ、「画像がありません」と無質な表示がる。が寄り付かない限界集落であることはだった。
「固定資産税……」
は通帳アプリをき、現の預残を確認した。
画面に表示された数字は、わずか万円。
派遣社員としてコールセンターで働きながら、良子の治療費の差額や雑費を補填し続けてきたため、の貯は底をつきかけていた。もしあの田舎のに額の固定資産税や維持管理費がかかるのであれば、佐藤弁護士の助言通り、か以内に庭裁判所へ駆け込んで相続放棄をするのが唯のルートだった。
だが、の指先は、ポケットののペンダントトップをさなかった。
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鈍いに変した、親指ほどのきさの属の塊。
表面には械の歯のような複雑な溝が刻まれ、先端は異様に鋭利に尖っている。およそ女性が胸元に飾る装飾品とはえない奇妙な形状だった。
『……ごめんね……これを……』
酸素マスクを曇らせ、言葉にならない掠れ声でのを握りしめた母の、あの真剣な瞳。
あれは、娘を騙して無価値な廃を押し付けようとするの目ではなかった。
「お母さん……私に、何を見せようとしているの?」
はスマートフォンを操作し、派遣会社へ週の休暇申請のメッセージを送信した。そして、そので志と絵美子の話番号、LINEのアカウントを完全にブロックし、アドレス帳から削除した。
母が遺したものが本当にただのゴミ敷なのか、それとも別の真実が隠されているのか。自分の目で確かめるまでは、決して引きがらない。
翌朝、始発のに乗り込んだは、数の列の旅を経て、見らぬ方都の駅バスターミナルにりった。
周囲の々はく濃い緑に覆われ、初のい差しがアスファルトをく焼き焦がしている。留所の自販でとお茶を本買い込み、型のリュックサックに軍と掃除用具を詰め込んで、型の線バスに乗り込んだ。
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乗客はだけだった。
バスはエンジンの唸りをげながら、崖沿いの細い折のを登っていく。民は次第に途絶え、窓には鬱蒼とした杉林とい渓が広がるばかり。揺られること余り、終点の「ノ原」という錆びたトタンの留所で、バスはプシューと音をててドアをけた。
「お姉ちゃん、ここから先はも何もないよ。本当にここでいいのかい?」
運転の男性が配そうにバックミラー越しに声をかけてきた。
「はい、丈夫です。ありがとうございます」
バスを見送ると、特の涼なが吹き抜け、ヒグラシの声が朶を打った。
元の図を頼りに、舗装のひび割れた急な坂を分ほど登っていく。
やがて、の背丈ほどまで伸び放題になった雑に覆われた、広な敷が目のに現れた。
その雑のの奥くに、目指す軒がひっそりと佇んでいた。
「……これが、お母さんの……」
はそのにち尽くした。
造平建ての本。根の瓦は何枚も滑り落ちてがし、戸はに晒されて真っ黒に変し、今にも崩れ落ちそうに傾いている。庭の枯れた池にはが淀み、玄関脇の郵便受けは赤茶けた錆の塊と化していた。
義姉の絵美子が吐き捨てた「田舎のボロ」という言葉は、誇張でも何でもなかった。
産が見向きもしない、完全な廃だった。
は胸に広がる虚しさを振り払い、をかき分けて玄関先へと歩み寄った。