みかん小説
本棚

"夫の通帳を奪った義母が銀行で凍りついた日" 第2話

久子は乱れた呼吸を完全にえ、ゆっくりと線をろした。 台所の片隅でえ切っていく湯呑みを見つめ、静かに答えた。

「……どうぞ、ご自由に」

よしは瞬、拍子抜けしたようにを半きにした。抗議され、泣きつかれ、奪いいになることを予していたのだろう。しかし、久子のあまりにも淡々とした返答を見るや、すぐに嘲笑を浮かべてカバンを抱え直した。

「ふん……。物分かりがいいじゃないか。子供のも産めなかった穀潰しの嫁にしては来だよ。茂、くよ!」

よしは度も仏壇の遺に目を向けることなく、踵を返して廊を歩きった。茂もまた、久子と目をわせることなく、母のに続いてそそくさと玄関をった。

パタン、と格子戸が閉まり、には再びえ切った静寂が戻った。

久子は仏壇のに歩み寄り、よしが乱暴に閉め損ねて指本分ほどいたままの引きしにを添えた。に持ちげ、カチリと奥まで押し込む。

「どうぞ、ご自由に」――その言葉が、義母にとってどれほど残酷な落とし穴の始まりであるかを、よし自はまだ何る由もなかった。

久子は仏の隣にあるに入り、壁面を覆うスチールラックのった。

そこには、分の計簿、の確定申告々の仕訳帳、職たちの賃台帳、そしての取引細の控えが、度ごとに背表を揃えてキングファイルに然と収められていた。

広告

久子は歳で定退職するまで、元の信用庫で、窓業務と融資事務を担当していた。 関の事務は、円の違も、枚の類の備も許されない世界だ。付、額、押印の、権利の所――それらを徹底に確認し、証拠として記録する習慣は、久子の骨の髄まで染み込んでいた。

退職幸がで切り盛りしていたの経理を引き受けた際、幸は久子の几帳面さに苦笑いしていたものだった。

『うちの経理部は、の検査役より厳しいな。材料代の端数まで現ごとに分けるんだから敵わないよ』

『当たりでしょう。どの現で利益がて、どの現で損がているのかを数字で把握しないと、職さんたちのお料を払えなくなるわよ』

そう言いいながら、夫婦脚でを支えてきただった。子供には恵まれなかったが、には言葉にしなくても通じえる、確固たる信頼があった。

幸は数の極めてない男だった。 理尽な客に鳴られても、言い訳をせず黙々とかして現を仕げる。親族の集まりでよしから「子供もいないのにばかりきくしてどうするんだ」と嫌を言われても、決して母親に鳴り返すことはなく、ただじっと畳の目を見つめて耐えていた。

広告

幸さんは、昔から何も言わないだった……」

久子は棚から、背表に「令護記録」ときされた冊の学ノートを抜き取った。 夫が倒れてからくなるまでの余り、毎の体温、血圧、用した薬、事の量、そして訪問護師の指導内容を、も欠かさず記録し続けたノートだった。

頁をめくっていくと、ある特定のの記録に目が止まった。

くなるの、初。 その幸のは朝から度を回らず、寝返りを打つことすら辛そうにしていた。

過ぎ、久子が台所で解用の濡れタオルを用して寝に戻ると、幸が体を起こし、作業着の着を羽織って玄関にっていた。

幸さん! 何してるの!? その体でどこへくのよ!』

驚いて駆け寄る久子に対し、幸は壁にをついて荒い息を吐きながら、く答えた。

『……ちょっと、てくる』

『病院? すわ!』

『いい。すぐ戻る。久子はにいろ』

それだけ言うと、幸は久子の静止を振り切るようにして、ふらつく取りで玄関の引き戸をけてってしまった。タクシーを呼ぶ音もせず、徒歩で角を曲がっていった夫の背を、久子は今でも鮮に覚えている。

そして。 帰宅した幸は、靴も脱ぎ散らかすようにして玄関に倒れ込み、うようにして布団に入った。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: