"母の保険金3,000万円、夫は「もう諦めろ」と言った" 第9話
「……なんだよ」
「私が、本当に泣き寝入りするとでもっているの?」
幸介は瞬だけ呆気にとられたような顔をしたが、すぐにせせら笑った。
「どうやって取り返すんだよ。公正証なんて作ったって、おみたいな世らずの主婦が、で制執の続きなんてできるわけないだろ。弁護士に頼む度胸も識もないくせに、がるなよ」
バタン。
寝のドアが乱暴に閉まり、鍵が内側から掛けられた。
リビングの央に取り残された麻紀は、暗転したテレビ画面を見つめていた。画面の黒いガラスには、切の涙を流さず、静かに、そして鋭利に研ぎ澄まされた表をした自分の顔が映っていた。
「……ありがとう、幸介」
麻紀はさく呟いた。
「あなたが吐き捨ててくれたその言葉で、私ののに残っていた最ののかけらが、跡形もなく消えってくれたわ」
夫への未練も、夫婦という枠組みへのも、完全に断ち切られた。
麻紀はスマートフォンを取りし、夜の斎で、弁護士宛てにいメールを通、送信した。
『先。夜分遅くに申し訳ございません。予定通り、の午、全財産の制執をお願いいたします。容赦は切です』
送信完の表示を見届けた麻紀は、く、静かに息を吸い込んだ。
嵐のの、最の夜がけていく。
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翌朝、午。
キッチンのフライパンで目玉焼きがジュージューと音をてていた。トースターが軽な音をててねがり、ばしいパンの匂いがダイニングを満たす。
幸介がパジャマのまま寝からあくびをしながらてきた。昨夜、妻に対してあれほど残酷な暴言を浴びせ、千万円を諦めろと言い放った男とはとてもえないほど、その表は能気に弛緩していた。
「お、今の朝飯、目玉焼きか。コーヒー淹れてくれよ」
幸介は子を引き、当然のように腰掛けた。昨夜の麻紀の沈黙を、完全に「主婦の屈」だと信じ込んでいるのだ。
「どうぞ」
麻紀は無表のままプレートとコーヒーカップを並べた。
幸介はトーストをかじりながら、スマートフォンを弄り始めた。画面を見て、ふっと嬉しそうにを漏らす。
「あ、姉貴からだ。今度の連休、社員全員連れて伊豆の級旅館に泊まるんだってさ。貸切呂付きのれだってよ。景気が良くて何よりだな」
麻紀は器を洗うを止め、背を振り返った。
「……会社が苦しくて、私の千万円を返せないとお義姉さんは言っていたわよね? その裏で、社員旅で級旅館を貸し切るの?」
「いや、それは社員の士気をめるための福利費だろ! 姉貴だって精神に追い詰められてたんだから、しくらい息抜きしたってバチは当たらないさ!」
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幸介は悪びれる様子もなく言い放ち、コーヒーを気にみ干した。
「そういえばさ、麻紀。お義母さんの保険、千万円満額だったのか? し余りがあるならさ、俺の、買い替えたいんだよな。もう落ちだし、ミニバンにすれば親父たちを乗せるにも便利だろ?」
夫の顔無恥な言葉が、麻紀の鼓膜を汚していく。
「は、今のままで分です」
「なんだよ、相変わらずケチだな。まあいいや、ボーナスの話と緒にまた今度な。じゃあ、ってくるわ」
幸介は鞄を掴むと、玄関へと向かった。
「ってらっしゃい。……気をつけてね」
麻紀が見送ると、ドアが閉まり、軽な音が廊をざかっていった。
計の針は午分を指していた。
麻紀はエプロンをし、夜から用してあった質なネイビーのパンツスーツにを包んだ。髪をろでタイトにまとめ、類の詰まったビジネスバッグをにする。
玄関をてタクシーを拾い、指定された所――駅にある佳代のイベント企画会社「浦クリエイティブ・プロモーション」が入る雑居ビルへと向かった。
午分。
ビルの階へがると、ガラス張りのオフィスエントランスにはすでに「本は臨休業とさせていただきます」という急ごしらえの張りが歪んで貼られていた。
ドアの隙から、ヒステリックな女の叫び声が漏れ聞こえてくる。
「何よこれ! 何の真似よ!? あんたたち、警察呼ぶわよ!!」