"父の逝った夜の車" 第6話
その職は、、をたばかりの兄のために、伯父の孝司が取引先の社に頼み込んで作ってもらった枠だった。 姉の美咲の嫁ぎ先は、町でも名のれた旧だった。 「片親で育った娘だからと肩の狭いいをさせてはならない」と、結納の席で父親代わりに百万円の持参を差ししたのも、伯父だった。 そして私自も、をて今の事務職に就くまでの学費の分を、伯父からの無利子の「貸し付け」という名目で面してもらっていた。返済しようとするたび、伯父は「結婚するのしにしなさい」と言って決して受け取らなかった。
兄妹ののすべての台に、あののと労力が敷き詰められている。
もし。 もしも父のに、あのが直接関わっていたのだとしたら。 父の命が奪われたあの夜の現に伯父がいて、母と共謀して何かを隠蔽していたのだとしたら。
私たちは体、何ので育ってきたというのだろう。 誰の、どんな血で購われたで、今まで平然と飯をってきたというのだろう。
吐き気を覚えるほどの寒気がして、私は掛け布団を握りしめた。
窓のがみ始めた午半、私は会社の司にメッセージを送った。 内の法事に関する続きという実で、の休を申請した。 返信を待たずに着替えを済ませ、必最限の荷物をトートバッグに詰め込むと、まだ朝靄のち込めるアパートをた。
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駅のホームに滑り込んできた始発の各駅に乗り、私はまれ育ったあの町へと引き返した。
*
町の央図館は、駅から歩いて分ほどの台にあった。 平の午を過ぎたばかりの館内には、聞を広げる老が数いるだけで、静まり返っていた。
カウンターで司に声をかけ、の元の縮刷版を閲覧したい旨を伝えた。 奥の架から運ばれてきたのは、茶く変した分い聞の本だった。
「平成の分ですね。館への持ちしはできませんので、こちらの机でどうぞ」
袋を渡され、私は閲覧席の隅に座った。 指先が微かに震えるのを抑えながら、のページをいた。 型台が直撃した翌、面は川の氾濫や砂崩れの被害記事で埋め尽くされていた。
頁をめくる。、。 そして、の域社会面の最段に、その記事は見つかった。
わずかほどの、さな囲み記事だった。
『台の夜、軽トラックが崖に転落 男性』
見しのを、指でなぞるように読んだ。
午頃、町れの峠において、軽トラックがガードレールを突き破り約メートルの沢に転落しているのを、翌朝見回りに来た町職員が発見。運転していた町内の運送会社員・沢渡正彦さん()は部をく打っており、そのでが確認された。
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現は急カーブのり坂で、台による面冠と突によるハンドル操作ミスの能性がいとみられる。
そこまでは、私が子どもの頃に聞かされていた通りの内容だった。 けれど、記事の最のに、私の目は釘付けになった。
『――なお、両は正彦さんの親族が経営する町内の属加会社が所するもので、ブレーキ痕がほとんど確認されなかったことから、警察は備良の無も含め、慎に状況を調べている。』
備良。
活字のその文字が、私の胸にく突き刺さった。
聞にはそれ以の追報はなかった。方のさな町で起きた、台の夜の単独事故。殺を疑うような事件性はないとされ、そのまま常のニュースの底へと沈んでいったのだろう。
だが、あの夜、父が乗っていたは、やはり伯父の会社のものだった。 そしてそこには、警察が疑問を持つほどの「ブレーキの異常」がしていたのだ。
私は本を返却し、図館をた。 初の陽射しがアスファルトを照らし、背にじっとりと汗が滲む。
向かうべき所は、決まっていた。
記憶を頼りに、駅通りかられた旧沿いを歩いた。 かつて父が贔屓にしていた、さな自備があるはずだった。 もし父が伯父のを借りて事故に遭い、警察が両を調べたのだとしたら、町のさな事故が運び込まれる所は、あそこしかなかった。