"レジ打ちの妻は恥ずかしい" 第3話
翔平は線を泳がせ、テーブルのに置かれた缶ビールを見つめた。 数秒の気まずい沈黙が流れた。 計の秒針の音だけが、やけにきく部に響く。
やがて、翔平はをいた。 その声には、先ほどまでの勢いはなく、ひどく平板で酷な響きがあった。
「嘘とかじゃないよ。あのは千のことが好きだったし、今も好きだよ。でもさ……」
翔平は度言葉を切り、私をまっすぐに見据えた。
「恋と結婚は、違うんだよ」
臓の底を、たい針で突きされたような覚だった。
「恋のは、千がどこで何をしてようが関係なかった。い彼女がいて、楽しくデートできればそれでよかった。でも結婚は違う。結婚はお互いの『社会な枠組み』をわせる作業なんだよ。俺の妻になるってことは、俺の社会ステータスの部になるってことなんだ。そこを理解してくれないと困る」
「社会、ステータスの部……?」
「そうだよ。だから母さんも配してるんだ。『あのお嬢さんは素朴でいい子だけど、し育ちが庶民すぎる。翔平のこれからの枷にならなければいいけれど』って。母さんが折角、りいの料理教やマナーサロンも探してくれたんだぞ。仕事を辞めて、そういうところに通って、きちんとした妻としてのだしなみや教養をにつけてほしいんだ。
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俺は千のために言ってるんだよ」
千のために。 男たちが、自分のエゴを押し付けるに最も都よく使う言葉。
翔平はポケットから級そうなボールペンを取りすと、カチリと音をててノックし、退職届の横に置いた。
「ほら、ここにサインして印鑑を押せば、あとはに渡すだけだ。円満退職の理由は母さんが考えてくれたから、角もたない。式の準備で忙しいって言えば、向こうだって文句は言えないよ」
差しされたペン先が、蛍灯のを反射してくっている。
私はじっと、そのを見つめていた。 『の都により』。 私がこの、のものも休まず通い、い荷物を運び、理尽なクレーマーにをげ、それでも笑顔でお客様を見送り、仲たちと築きげてきた私の居所。 私の活。私のでってきた証。
それを、彼らは「恥ずかしいから」という理由だけで、切れ枚で消しろうとしている。
「……かないよ」
私は静かに言った。
「は?」
翔平が怪訝そうに眉をねげた。
「千、話聞いてたのか? だから――」
「聞いてたよ。全部、ちゃんと聞いた」
私はテーブルののボールペンをに取ると、キャップを嵌めるようにノックを戻し、翔平の目のへと押し返した。
「私は、仕事を辞めません」
「お……!」
「私の仕事は、誰かに恥じるようなものじゃない。
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毎まじめに働いて、お料をもらって、税を払って、自分の活を自分で支えてる。スーパーのレジ打ちがあなたのステータスを傷つけるって言うなら……あなたは、私の何を見て結婚しようとったの?」
「だから、俺は千自をしてるって――」
「してないよ」
私の声は、自分でも驚くほど静かで、え切っていた。
「翔平がしてるのは、私じゃない。あなたの隣に並べて、あなたの同僚や司に自するための『都のいい、見栄えのいい妻』でしょ。スーパーで働く千は、あなたのアクセサリーにはなれないから、捨てろって言ってるんでしょう?」
翔平の顔が、りで見る見るうちに赤く染まっていった。 プライドを傷つけられた男特の、激しい敵がその目に宿る。
「……随分な言いだな。俺がどれだけおのことを考えて、歩み寄ってやってるとってんだ? おみたいな学歴も柄もない女を、ちゃんとしたに嫁がせてやろうとしてるんだぞ! それを何だ、その態度は!」
「学歴も柄もない……?」
「事実だろ! 方の流て、パートのおばちゃんたちに混ざってレジ打ってるだけのおが、俺の稼ぎだけで暮らせる専業主婦になれるんだぞ? 普通の女なら泣いてぶところだろ! それをなんだ、誇りだの居所だの……くだらない張ってんじゃないよ!」
ちがった翔平の膝がテーブルに当たり、ガタリときな音が鳴った。 みかけの缶ビールが倒れ、茶い液体がい退職届の端を濡らしていく。