"七歳の女の子が握りしめた富士山の木札" 第12話
「おじさん、そこ……」
「はいはい」
常連は驚いていた。このに俺以のが座っているのを、みんな何も見ていない。それでも誰も、なぜ若林さんがここにいるのかを聞かなかった。
「3代目、番台に別のがいると、が広く見えるな」
「同じ広さですよ」
「気分の話だよ」
「そうですか」
「湯は気分の商売だ。誰も湯を買いに来てるわけじゃないだろう」
魚そう言って牛乳を3本す。2本分の代を置いていくのは相変わらずだった。魚なりのへのいやりのようだ。
番台にがいるだけで、俺の1が変わった。釜の加減を見ながら脱所を気にしなくていい。湯を落とすにを磨くが取れる。今までが回らずに諦めていたことが、1つずつ片付いていった。
1週ほど経つと、若林さんはしずつ自分のでって歩けるようになっていた。すると今度は掃除にをし始めた。桶を並べ直して、鏡の垢を落として、洗いのタイルの目をこすっている。
「若林さん、そこはいいですから」
「もうしだけです。若林さんにお願いしたのは番台の登板です。ですから番台に戻ってください」
「わかりました」
返事はいいが、は止まらない。俺はそのつどいくらか声をかけた。3回目にしてようやく若林さんは、ゆっくりした作で番台に戻ってくれた。
しかし翌には別の所を磨いている。
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俺が言うたびにこのは仕事を1つ増やした。そのの閉の片付けのだった。女湯の洗いから桶が崩れる音が響いたので見にくと、若林さんが浴槽の横にしゃがみ込んでいた。呼んでも顔をあげなかった。
「、湯を止めろ」
「うん」
俺と緒に箱周辺の片付けをしていたは、って蛇を閉めた。若林さんの元にき声をかける。
「丈夫ですか?」
「すみません、ししたらけますので……」
「かなくていいです」
「すみません、ご迷惑をおかけします」
俺は若林さんの腕を肩に回して、脱所の子まで運んだ。体が驚くほど軽かった。
「若林さん、し休んでください」
「すみません、はちゃんとやりますから」
「そうじゃなくて……」
俺は言葉を探した。どう声をかけていいかわかりえず、しがいた。何か言わなければとったことを、そのままにした。
「あなたに倒れられると、俺が困るんです」
若林さんが顔をあげた。目が丸くなっている。
「に誰もいなくなる。釜も見られなくなる。せっかく回り始めたものが、また止まるんです。だから俺のために休んでください」
若林さんはしばらく俺を見ていた。それから初めて声をして笑った。
「宮さん、それとてもな言い方ですね」
「ですか?」
「はい。でも、わかりました。は座っていてください。
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番台だけにします。掃除は俺がやります」
「タオルは畳んでもいいですか?」
「それぐらいなら……では、そうします」
若林さんは湯がりの子の背に持たれて、ゆっくり息を吐いた。断られなかった。断られない言い方がこの世にあるらしい。
俺は番台に戻ってからも落ち着かなかった。自分のからた「俺が困る」という言がの奥に残っている。20ぶりに自分がして欲しいことをに言った。
が牛乳の瓶を持って俺の横にった。
「おじさん、今、変」
「そうか?」
「顔が赤い」
「湯気だ」
「湯気はいよ」
「そうだったな」
「おじさん、お母さんに休んでって言ったの?」
「ああ」
「お母さん、私が言っても休まないの」
「そうなのか」
「今は休むって言ってたぞ」
「じゃあ、おじさんの勝ちだ」
「勝ち負けじゃないだろう」
「勝ちだよ。私、10回言ってもだめだったもん」
俺は正面に目を落として返事をしなかった。に対しては、母親なりのなのかもしれない。そう考えるとしを許してくれたのだろうかとした自分がいた。
3に入って、若林さんは座るとつを自分で分けるようになった。番台に1座って、それから15分だけ掃除につ。計を見ながら区切っている。倒れたのやり取りが効いたらしい。
閉の磨きはいつのにか2でやるようになっていた。
並んでしゃがんで、同じ方向にたわしをかす。顔を見ないで話せるだ。その夜、若林さんがを止めずにった。