"婚姻届の帰り道、残高は1億円だった" 第14話
その鷲尾が今、瀬のをに入れるためにデマを流し、蔵の価値を貶めようとしている――話が繋がった気がした。
数、それを裏付けるらせが届いた。 「み咲、調べがついたわ。玲子さんね、あのこのところ何度も『商』の本社に入りしているのよ」 括返済に失敗し、遺言に拒まれた玲子。彼女が次に頼ったのが、蔵のを狙う鷲尾だった。2の惑は「」という点でぴたりとなったのだ。敵はもう1ではなかった。
そんな気の休まらない々のなか、私はいがけない物と再することになった。 その、蔵に1台の営業が止まった。りてきたのは元のの融資担当者。スーツ姿のその男の顔を見て、私はわずを止めた。忘れていたはずの声がの奥で蘇る。篠田健太。かつて私を捨てたあの元婚約者だった。
「み咲? へえ、驚いたな。まさかこんな奥で会うとは」 健太は私をからまで眺めると、にやりと笑った。 「聞いたよ。酒蔵の女になったんだって。しかもこの蔵のが汚染されてるってもっぱらの噂じゃないか。相変わらず貧乏くじを引くのが得だな、君は」
その言葉には隠しきれない優越が滲んでいた。夜勤ばかりでげないと私を捨てた男。その男が今、勝ち誇ったように私を見している。 「融資のご相談でしょうか。
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憎うちはにっておりますので」 私はを殺して、ただ事務に応じた。 「はは、がっちゃって。潰れかけの蔵なんかに嫁いで苦労してるんだろう。昔の俺のところに来てれば、今頃もっと楽な暮らしが……」
その、蔵の奥から作業着姿の孝介さんがてきた。健太はその姿を別すると、軽蔑するように値踏みするような目をした。 「もしかして旦さん? へえ、これはまた随分としがない男だなあ」 聞こえよがしの屈辱にも、孝介さんは眉つかさなかった。 「うちの嫁に何か用ですか?」 「いやあ、何。昔のよしみでね。まあ、せいぜい仲良く苦労してくださいよ」 健太は勝ち誇ったように肩をすくめた。この男は目ののしがない男が50億の企業を率いるだとはにもっていない。その滑稽なまでのい違いに、私はむしろれみさえ覚えた。
その得げな顔を見ながら、私は議な気持ちになっていた。このは何もらない。私の夫が何者なのか。この蔵が本当はどれほどの価値を秘めているのか。真実をる私と、辺しか見ていないこののには、くて静かな川が流れているようだった。私は言い返さなかった。ただ静かにをげた。それが私にできる精杯の品位だった。健太は拍子抜けしたように営業でっていった。
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そしてそのわずか数のことだった。1本のいもよらないニュースが世界を駆け巡った。 フランス・パリ――世界の富豪や美が集う格式いオークション。そこに品された1本の本酒が、なんと本円にして300万円で落札されたというのだ。その酒の名は『現』。
テレビも雑誌もこぞってそのの酒を取りげた。く澄んだわい。世界のなだたる好が探し求めているという伝説の1本。けれどその作りが誰なのか、どこの蔵で作られているのか、それは切公表されていなかった。世はそのなぞめいた酒の話題で沸きに沸いた。
ワイドショーは連そのの酒を追いかけた。町の酒好きたちは「1度でいいからにしてみたい」と騒ぎ、専は「これほどの酒を隠している作りは体何者なのか」と仕きりに首をひねった。
私はその報を、蔵のあの『現』の板ので聞いていた。 「孝介さん、この『現』もしかして……」 私が問いかけると、彼は静かに頷いた。 「ああ、俺の作った酒だ。『虹』の最の1本。名は伏してある。俺の酒は名や値段でまれたくないからな」
世界が300万をしても欲しがる酒。それをこのはこんな奥で黙々と作っている。世では蔵が沈みかけているというのに、彼はしも慌てていなかった。 「いうちに県の品評会がある」
孝介さんはぽつりと言った。 「そこには業界のも報も集まる。鷲尾も来るだろう。逃げも隠れもせん、全部そこではっきりさせる」