"婚姻届の帰り道、残高は1億円だった" 第11話
弔問客のに井さんの姿もあった。老いたは祭壇の遺を見げ、目を潤ませている。 「40、あのので酒を作ってきた。頑固でも悪くてな。だがあんなに誠実な男はもう度とてこんよ」 井さんは私にというより自分自へ言い聞かせるようにつぶやいた。私は黙って頷く。かける言葉が見つからない。
そのしみじみとした空気を破ったのが玲子だった。彼女は黒い喪にを包み、焼を済ませるとまっすぐ私のところへ来た。そして周囲をはかるように声を潜めた。 「ねえ、あなた、こんなになんだけれど、源郎の残したものの話、そろそろしておかないとね」 「玲子さん、今は叔父様をお見送りするです。その話はを改めて伺います」 私の声は震えていなかった。喪主である孝介さんにこれ以余計な振はかけられない。せめて今だけは――そのだった。
玲子は瞬気まずそうな顔をしたけれど、周りの目を気にしたのだろう。「そうね、失礼しました」とのでつぶやくと、そのをれていった。帰り際に彼女が私へ向けた線は氷のようにたかった。「この女、ったよりごわいわね」その目は確かにそう言っていた。
葬儀が終わり、をにして私たちは源郎の遺品を理し始めた。源郎が使っていた母の奥の。
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の暮らしの匂いがまだ濃く残っている。古い作業着、読み込まれた酒造りの本、褪せた族写真。1つ1をに取るたび、あの頑固な老の面が蘇ってきた。
その押入れの1番奥だった。孝介さんが古い箱をいくつも引っ張りした。ずっしりとい。蓋をけて私たちは息をんだ。酒だった。瓶が隙なく詰まっている。それもただの酒ではない。全て、『虹』の、孝介さんが作った酒だった。
しかもそれは1や2のものではない。箱にはそれぞれ号をいたが貼られている。10、8、5……。まるでそのの息子の酒を1本、また1本と密かに買い集めていたかのように。
孝介さんはその1本をにしたまま凍りつき、かなくなった。 「親父が、これを全部……」 その声はかすれていた。 「あのは俺の酒なんか1度だって認めちゃくれなかった。蔵を継がなかった俺を勘当当然に追いしたんだ。それなのになぜ……?」
私はその背にそっとを添えた。 「きっとがあるんです。今はまだ分からなくても……」 かけられる言葉はそれだけだった。201度もを聞かなかった父、息子のなどでも受け取らなかった父。その父がれず息子の酒をこんなにも買い集めていた。孝介さんのが震えている。彼にはまだこのが受け止めきれずにいる。
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私にもその本当のはまだ分からなかった。ただこの古い箱のには、言葉にされなかったあまりにもい何かが詰まっている。それだけは痛いほどに伝わってきた。夕暮れのが埃のう部へ斜めに差し込んでいた。私たちはしばらくその酒ののからくことができなかった。
源郎のが過ぎてもないことだった。蔵に1通の内容証郵便が届いた。差ししは玲子。貸付5,000万円を括で返済せよという求だった。 「来たな」 孝介さんはその面を別すると、静かに言った。の配はこのにはない。私にもそれは分かっていたけれど、私が恐れていたのはのことではなかった。
その夜、私は京の亜子へ話をかけた。 「ねえ、力を貸してほしいの」 私は玲子が蔵とを狙っていること、親戚を巻き込もうとしていることを洗いざらい話した。亜子は話の向こうでしばらく黙って聞いていた。 「わかった、み咲、任せて。ちょうどあんたに渡したいものもあったのよ」 渡したいものとは何だろう? そのは分からなかったけれど、亜子の頼もしい声に私はしくなって話を切った。
そして数、玲子は待っていたかのようにきした。あるの午、蔵のに何台ものが止まった。玲子が勢の親戚を引き連れて乗り込んできたのだ。
座敷に通されたのは私のらない顔ばかりだった。親戚の縁続きだという男たち、女たち。