みかん小説
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"婚姻届の帰り道、残高は1億円だった" 第3話

の夜から、源郎さんは目に見えてっていった。事はほとんど喉を通らず、点滴の針が細い腕に痛々しく刺さっていた。それでも彼は最の力を振り絞るように、私へ話しかけてくることが増えた。

だとってからも、私の接し方は何ひとつ変わらない。それが老にはかえってよかったのかもしある午、窓ので蝉が鳴り始めた頃だった。老井を見つめたまま、ふいにこう言った。

「なあ、み咲さん。1つ頼みがある。寄りの最のわがままだとって聞いてくれ」 「はい、私にできることなら何でも……」 「息子の嫁になっちゃくれんか?」

私はを疑った。返す言葉が見つからなかった。

「こう言っちゃなんだが、今で42になる。の奥の自分の酒蔵で、った1で酒ばかり作っている。げのない男だ。昔から器用で、に甘えることもげることもできんが、あれを1にしておきたくない。放っておいたら、あのまま1で枯れちまう」

の声は震えていた。聞けば、その息子とはもう20を聞いていないのだという。何があったのかは切語らない。ただ、「俺が悪かった」とそれだけを繰り返した。富豪ともえないこの老が、なぜあての術費をせたのか。なぜ息子がいるのにこんなにも1ぬおうとしているのか。

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私のでいくつもの疑問が渦を巻いたけれど、それを問うには老はあまりに衰えていた。

その夜、私は親友の亜子に話をかけた。学代からの付きいで、今京で弁護士をしている。誰かにこの気持ちを聞いて欲しかった。 「もしもし、亜子? 実はちょっと相談があって……」 事を話すと、話の向こうの亜子は案の定声を荒げた。

「ちょっと待って、あんた正気なの? 会ったこともない男に、しかも潰れかけの酒蔵に嫁ぐなんて、そんな話あるわけないでしょう!」 「でもあのは私の恩なの。父を助けてくれたった1なのよ」 「恩は恩、結婚は結婚でしょう! 体その息子だってどんな男か分からないじゃない。財産目当てにづいた女だとわれるのが関のよ。悪いこと言わないからやめときなさい」

亜子の言うことはいちいち正しかった。常識で考えれば断るのが当たりだ。それでも、話を切った、私のは妙に静かだった。恩はでは返せない。それはこの15ずっと抱えてきたいだった。もし術費をそっくり返そうとしても、あのは決して受け取らないだろう。あの頑固ながたった1つから望んでいること。それが息子のことなのだ。

けれど、頼まれたから嫁ぐというのは違う。それではただの義理の義務になってしまう。

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度会ってみよう。その息子を自分の目で見て、それから決めればいい。私はそうを決めた。頼まれたからではない。私自が確かめたかった。あの誇りい老が20もの絶縁を超えてまで案じる息子とは、体どんななのか。

を私は父にも打ちけた。夕飯の卓で、探し続けた恩がようやく見つかったこと、そのが最に息子の嫁になって欲しいと望んでいることを包み隠さず話した。父は箸を置き、しばらく黙り込んだ。

「そのが、俺たちの恩か……」 「うん。ずっと探してたあのだったの」 「み咲、おだ。俺がどうこう言うことじゃない。ただ、なあ……」

父はそこで言葉を切り、卓に両をついてげた。 「その方に、1度でいいからわせてくれ。俺はどうしても礼が言いたいんだ」

その丸まった背を見て、私は胸が詰まった。父の恩に報いることと、源郎さんの願いを叶えること。その2つが私のでそっとなっていた。

翌週、私は病院に退職の相談を持ちかけた。院は驚いた顔をしたが、私のが固いのを見て取ると、静かに頷いてくれた。引き継ぎの段取りを組み、しずつ消化しながら、まずは休みの度にの酒蔵へ通うことにした。同僚たちはあれほど仕事だった私がなぜと怪しんだけれど、詳しい事は誰にも話さなかった。

全てを1度に捨てる決断ではない。自分のったまま、1歩ずつ確かめていく。それが私なりのやり方だった。

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