"退職金と三百万円の借金" 第9話
「これです……これが、のに起票された、特別経費の納伝票の控えです」
私は震える指で、そのを受け取った。
『伝票(特例)』
起票は、平成。 額は、参百万円。 勘定科目は、従業員福祉貸付。
だが、私の目は、そのにある【支払先】の欄に釘付けになった。
そこには、私の名でも、男の名でもない、まったく見らぬ法の名が印字されていた。
【支払先】 限会社 都送 【支払方法】 振切(持参払) 【決裁印】 業務担当役員 川勉
「都送……?」
私は顔をげた。
「これは、誰の座なの? なぜ私の貸付が、この会社に支払われているの?」
「都送は……当、うちのセンターのチルド輸送をに引き受けていた、請けの運送会社です。に倒産して、もう今はしていません」
佐野は涙で濡れた顔をげ、掠れた声で言った。
「林さん……この百万円は、誰も自分の懐には入れていません。誰かが私腹を肥やすために盗んだじゃないんです」
「じゃあ、何のためのおなのよ!? なぜ請けの運送会社に、私の名を使って百万円も払わなきゃいけなかったの!?」
佐野は喉を詰まらせ、元に残っていた最の枚のを、私に差しした。
それは、納伝票に添付されていた、当の内部事故報告の写しだった。
広告
番に記された表題を読んだ瞬、私のので、カチリと音をててパズルのピースが噛みった。
『事故報告:平成未 凍倉庫C棟 温度管理設備作止に伴う保管貨物(級凍産加品)変質損害について』
平成。
。
「…………」
私の声が震えた。
の夜に男が筋梗塞で倒れる、わずかの付だった。
あの夜の景が、鮮に脳裏に蘇る。
の朝、夜勤を終えて帰宅した男は、玄関で靴も脱がずにへたり込んでいた。顔は気で、でもないのに作業着がや汗でぐっしょりと濡れていた。
『どうしたの男さん、顔が悪いわよ』
そう配して駆け寄った私に、夫は胸を押さえながら、今にも泣きそうな声で言ったのだ。
『……すまない、静枝。俺の注で、取り返しのつかないことをしたかもしれない』
あれは、臓の発作の兆などではなかった。
この、に起きた、倉庫の事故のことだったのだ。
「佐野君、これは……」
私が類を握りしめて問い詰めた瞬、佐野はに膝をつき、額をたいコンクリートに擦り付けるようにして、慟哭した。
「男さんは……師匠は、僕のせいでんだんです……!」
「男さんは……師匠は、僕のせいでんだんです……!」
佐野の叫びは、物流センターのえ切ったコンクリート壁に吸い込まれ、い湯気となって消えた。
広告
フォークリフトが荷物を運ぶ音と、くで響くクラクションの音。それらの常の喧騒が、まるでいガラスの向こう側にざかっていくようだった。
私の両は、佐野の作業着の胸元を掴んだまま、直していた。指先から力が抜け、布が掌から滑り落ちる。
「……あなたの、せいで?」
私の唇から、乾いたささやきがこぼれ落ちた。
佐野は両膝をにつき、をく垂れていた。全靴のつま先が、激しい震えを刻んでいる。
「林さん、僕……僕が、あの凍庫の……」
「ちなさい」
私はく、だが鋼のようにい声で言った。
「つのよ、佐野君。ここは現よ。誰が見ているかわからない」
佐野は涙とでぐしゃぐしゃになった顔をげ、すがるように私を見つめた。歳、現を仕切る主任の顔はそこにはなく、、仕事でミスをして男の背に隠れていた、歳の頼りないの顔に戻っていた。
私は彼の腕を乱暴に引っ張りげ、作業着の埃を払わせた。
のに握りしめられた、枚の『事故報告』のコピー。 平成未。凍倉庫C棟。温度管理設備の止。
「ここで話すのは無理ね」
私は倉庫の入りに線を向けた。くから、別の作業員がこちらを窺う気配があった。役員応接で川常務に叩きつけた拒絶の余波は、すでに社内の見えない脈を通って、現にも届き始めているのかもしれなかった。