"退職金と三百万円の借金" 第3話
「そんな横暴、納得できるわけがありません! 私は借りていません。絶対に借りていません!」
「にならないでくれ、林さん。私もね、君がそういう正をするようなだとはっていないよ。君の勤務態度は、模範だった。だが、類がここにあるんだ。会社というのは組織だ。証拠となる契約がある以、個の『覚えていない』『借りていない』という言葉だけで、百万円の債権を帳消しにすることは法に能なんだよ」
「覚えていないのではありません! 借りていないのです!」
私の叫びのような声が、狭い面談に反響した。
胸が激しく波打ち、指先がりと恐怖でたくなっていく。
静にならなければいけない。取り乱して泣き寝入りしたら、この理尽な借を認めたことになってしまう。
私はきく息を吸い込み、乱れた呼吸を無理やりえた。、物流の現で何万枚もの納品や致伝票を照してきた私の職業な直が、脳の奥で警告を発していた。
嘘には、必ずどこかに綻びがある。
どんなに精巧に作られた類でも、事実と異なる部分が必ずどこかに刻まれているはずだ。
私は机のの黄ばんだ借用証を、両で元に引き寄せた。
蛍灯のいに透かすようにして、、穴が空くほど見つめる。
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額、参百萬円。 使途、緊急活支援資として。 所属、物流管理課。
そして――私の目が、ある点で完全に釘付けになった。
『借入期 平成』
平成。。
その数字の並びを見た瞬、私の全の血が、音をてて逆流した。
の芯が真っになり、界がぐらりと揺れた。
。
忘れるはずがない。私のが根底から覆り、世界からが失われた、あの悪のような週の、まさにそのだった。
「……浦部」
私のから漏れた声は、自分でも驚くほどく、え切っていた。
「どうしたのかね?」
「この付です。平成。……この、私がどこで何をしていたか、事の勤記録を調べていただけませんか」
浦部は怪訝そうに眉をひそめた。
「勤記録? いや、の記録など、わざわざ引っ張りさなくても……」
「調べてください!」
私がテーブルをのひらでく叩くと、浦部はびくりと肩をねさせた。
「調べるだけでいいんです。今すぐ、このパソコンで確認してください。私がその、この会社にいたかどうかを!」
気圧されたように、浦部は元のノートパソコンをき、退職者アーカイブの勤怠管理システムにアクセスした。キーボードを叩く乾いた音が、静まり返った部にカチャカチャと響く。
数分、画面をスクロールしていた浦部のが、ピタリと止まった。
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部の表から、わずかに血の気が引いていくのが見て取れた。
「……林さん。この週は……」
「はい」
私は類を握りしめたまま、はっきりと、言ずつ噛み締めるように言った。
「の、曜の夜でした。当、物流管理課のシフト主任をしていた私の夫、林男が、夜勤巡回に倉庫の休憩で倒れました。急性筋梗塞でした。病院に運ばれたには、もう臓が止まっていました」
浦部は絶句したまま、モニターを見つめている。
「に通夜の準備をし、がお通夜でした。そして、この借用証にかれているというは――夫の告別式のです」
面談の空気が、凍りついたように止まった。
「私はその、朝から桐ヶの斎におりました。喪主として、男の遺を抱いて、葬の炉のにっていました。、親族や会社の方々の弔問を受け、識も朦朧としていました。そのから週、私は特別慶弔休暇をいただいており、会社には歩もを踏み入れていません」
私はを乗りし、借用の付を差し指でく叩いた。
「告別式で夫の骨を拾っていた私が、どうやって同じのにこの本社へ向き、自で百万円の借用をき、印鑑を押し、経理からを受け取ることができたというのですか? 教えてください、浦部!」
浦部の顔は、完全に青ざめていた。