"8か月前に姉を亡くした俺――スーパーで鬼課長が双子の名前を呼んだ" 第1話
スーパーで名を呼んだ鬼課
「真奈ちゃん……杏奈ちゃん?」
曜の午620分。仕事帰りの客で混み始めたスーパーの野菜売りで、川亜子課は買い物かごをに落とした。
かごから転がった玉ねぎにも目を向けず、川課は俺の両側にいた双子を見つめている。会社ではほとんど笑わないなのに、今は唇を結んだまま、泣くのをこらえているように見えた。
真奈は黄いランドセルを背負い、杏奈は学童で作ったのをにしていた。顔はよく似ているが、らないに会うと先にを引くのが真奈で、相の表をじっと確かめるのが杏奈だ。そのが同に俺のそばへ寄った。
「課?」
声をかけると、ようやく俺に気づいたらしい。だが返事はせず、のまで来て膝を折った。
「あなたが真奈ちゃんで、こっちが杏奈ちゃんよね」
姉の真奈は、俺のコートの袖をつかんだ。妹の杏奈も、にしていた豆腐のパックを胸のに抱える。
「どうして名をってるの?」
当然の質問だった。双子が俺の姪で、今は緒に暮らしていることは会社で公表していない。事には未成見として育児の調を申請しているが、直属の課である川課にも、庭の事を詳しく話したことはなかった。
俺は井哲也、31歳。活用品メーカーの法営業から、8かにカスタマーサポート部へ異した。
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川課は通話記録や対応履歴のわずかな備も見逃さず、の俺にも容赦がない。部署内で密かに「鬼課」と呼ばれているのもっていた。
先週も、俺が残した対応記録の付が1ずれているのを見つけ、終業に修正させられた。声を荒らげるではないが、「次の担当者が困る曖昧さを残さないで」と正面から言われると逃げがない。スーパーで会えば会釈だけして別れる相だとっていた。
その鬼課が、今は6歳の子どもを見げたままけずにいる。
「井君、この子たちは……娘さん?」
「姉の子です。両親がくなって、今は俺が未成見として育てています」
曖昧にせず答えると、川課の目から滴だけ涙が落ちた。すぐに指で拭い、いつもの厳しい表へ戻ろうとしたが、声までは戻らなかった。
「そう。あなたが育てていたのね」
まるで、がどこで暮らしているのかをい探していたような言い方だった。
俺の胸に警戒と期待が同に浮かんだ。姉をるなら話を聞きたい。しかし、双子ので事故や葬儀のことを用に話されるのは避けたかった。俺はを背へ隠すのではなく、それぞれの肩へを置いた。
真奈がの玉ねぎを拾い、川課へ差しした。
「お姉さん、これ落としたよ」
「ありがとう」
川課は両で受け取った。
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そのがかすかに震えているのを見て、俺は会社で受けたどの注よりも戸惑った。
杏奈が俺を見げる。
「てっちゃん、この、会社の怖い?」
「杏奈、そういう言い方は――」
「怖いでってるわ」
川課は苦く笑った。それからの顔を交互に見て、髪のえ際や目元を確かめるように線をかした。
「本当にそっくり。写真の頃よりきくなったけれど、裕子の目と同じ」
俺は息を止めた。
裕子は、8かにくなった俺の姉だ。
双子ので姉の名をにするは、最ほとんどいなかった。周囲はを泣かせないよう気を遣い、俺も写真ての埃を払うだけで、いを言葉にすることを避けていた。だからこそ、初対面のはずの司が迷いなくその名を呼んだことが、偶然にはえなかった。
「どうして、姉の名までっているんですか」
川課は答える代わりに、買い物かごを拾った。そして、俺たちにだけ聞こえる声で言った。
「ここでは話せないわ。しだけ、をもらえる?」