"3か月寝たきりの娘を、婿に黙って連れ出した日" 第7話
私が運んだもの
「私が、べ物を部へ運んだことはあります」
改めて話を聞かれた部で、私はそう答えた。刑事はペンを止めず、いつ、何を運んだのかと尋ねた。
寝の鍵が替えられる、健から頼まれ、台所に置いてあったトレーを持っていったことがあった。さやかが寝ていたので、枕元へ置いてた。を私が作ったわけではない。
そう説してから、私は鞄の携帯を取りした。何もしていないと言い切れば楽だったかもしれない。けれど、自分に都な部分を消せば、娘が受けたことまで曖昧になる。
「そのときの連絡も、残っているはずです」
指で画面を遡った。病院へこうと提案した言葉や、体調を尋ねた文章のに、健から事を運ぶよう求められたやり取りがあった。
『にはを加えないでください。そのまま部へ運んでもらえれば結構です』
私の返事はかった。
『分かりました。置いてきました』
そのに、何かべやすいものを追加してよいかと尋ねた私へ、健が繰り返し注していた。事も薬も自分が管理している。のものを与えると治療の妨げになる、と。
「この容器に、私がらないものが入っていたのかもしれません」
画面を差ししたに、汗がにじんでいた。私は、娘がべるものを運んだ。善だったと説しても、運んだことは変わらない。
広告
「運んだこと、を用した、実際に与えたを、それぞれ確認しています。覚えていることを、そのまま教えてください」
刑事の言葉を聞き、私はもう1度、トレーを持ったのことから話した。娘とどんな言葉を交わしたか、器に触ったか、薬の袋をけたか。答えられないところで、記憶を埋めようとするのはやめた。
帰り、たけしのの窓に自分の顔が映った。学では35、困ったらに話しなさいと子どもたちに言ってきた。その私が、娘の声を聞けなくなっていた。
「先、病院へきますか。それとも、し休みますか」
たけしはき先を決めつけずに聞いた。私は膝に置いた鞄を抱え直し、し休んでから会いにきたいと答えた。娘ので、泣きながら許しを求める母親にはなりたくなかった。
そのの数週、病院の検査と薬の鑑定、購入記録の確認がんだ。全部が度に分かったわけではない。説を受けるたび、私は付と内容をノートにき留めた。
ベッドの隙にあった2錠からは、健の説していた治療内容にわない薬物成分が確認された。搬送の検体から見つかった成分とも対応していたという。
医師は、眠気や体のかしにくさに薬物が響した能性を説した。そのうえで、栄養状態の悪化や介助の、傷の放置がなっていたと話した。
広告
1つの薬のせいで全てが起きた、と簡単にはまとめなかった。
捜査では、健の端末に残る調達のやり取りと支払いの記録が確認された。の医師から届いたとされる文や連絡にも、健自が作ったものが含まれていた。
私は説を聞きながら、ノートの同じところに線を引きかけてやめた。母親が勝にませたという説と、の医師に騙されたという説。そのどちらにも、彼自の記録がなっていった。
「鍵を替えたあとも、奥さんは受診を求めていたと話しています」
刑事にそう言われ、私は娘が布団を握っていたをいした。首を振る姿だけを見ていた私と違い、娘自の話が、今は記録になっていた。
さやかの状態が落ち着くにつれ、松井弁護士は本とも話すようになった。保険のことも、由美のことも、娘は自分で聞くと決めた。私は同席したが、先回りして答えないようにした。
説のあと、娘はしばらく黙っていた。泣く代わりに、テーブルのをしみ、保険の契約をもう1度見せてほしいと言った。
「私が入ったものだから、私が確認したいです」
以、数字を確かめながら仕事をしていた声が、そこにし戻っていた。
やがて、健が殺未遂などの罪で起訴されたと連絡を受けた。病院の面談で私を責めた声が、のでまだ響くことはあった。
だが、その声だけで事実が決まることはもうなかった。
数、松井弁護士から連絡が入った。健の弁護を通して、母娘へ渡したい面が届いているという。
「謝罪と、寛な処分を求めてほしいという内容です。読むかどうかも、おで決められます」
私たちのせいだと言っていたが、今度は、私たちに助けてもらおうとしていた。