"金メダル会見で、私は母の嘘を暴いた" 第5話
私は録音を何度も聞き返していた。
織は確かに「私が押した」と言っている。しかし会話全体はく、誰を、いつ、どこでという説までは入っていない。しかも9の事件であり、当は事故として処理されている。
翌、私は瑞穂さんにも相談した。
瑞穂さんは競技のこと以では普段あまりをさないだったが、このときだけは顔を変えた。
「で何とかしようとしないで」
「分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
「その返事が番信用できない」
私たちは専へ相談し、記録を警察へ持ち込むことにした。
そこで初めて、当の転落事故について私のらなかったことを聞いた。
事故当、織は「洗濯物を取り込んでいるに都がベランダのすりによじ登った」と説していた。しかし現写真を見ると、私のではすり部まで簡単に届かず、くに踏み台になるような物もなかった。
当も疑問は持たれていたらしい。
ただ、幼い私は記憶が混乱しており、織以に転落を目撃した者はいなかった。さらに父自も「妻が娘を傷つけるはずがない」と信じ、事件性をく疑うまでには至らなかった。
もうつ、な事実があった。
事故の約3か、私には額の傷害保険がかけられていた。
契約者は母だった。
私はその話を初めて聞いた。
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「保険は?」
祖父が尋ねた。
担当者が資料を確認した。
転落、遺障害に関する保険が支払われている。
かなりきな額だった。
しかし、そのが私の治療費へ使われた記録はほとんどなかった。
織は私が退院するに姿を消している。
私は膝ので拳を握った。
いした。
事故の、ベランダには母だけではなかった。
男がいた。
名は政。
母が「りい」と紹介していた男だった。
当の私は、そのが母の恋だったことをらなかった。
警察は慎だった。
録音だけで直ちに結論をすことはできないが、過の資料とわせて確認する価値はあるという。私はできる限り普段通り活し、織が再び接触してきたは危険なをせず、会話を記録するよう言われた。
3、私は織へメッセージを送った。
《このはごめん。し考えた。もう度会いたい》
すぐに話がかかってきた。
「都、本当?」
織の声は弾んでいた。
私はるく答えた。
「うん。私も言い過ぎたかなって」
その瞬から、織は毎のように私のへ現れるようになった。
み物を持ってきた。
練習にはタオルを渡した。
取材が来れば、自分から「母です」と名乗った。
私は全部受け入れた。
織はしずつ胆になった。
ある雑誌では、私の幼期を語った。
「事故の、娘は何度もきる希望を失いかけました。
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でも私は毎励まし続けたんです」
私は隣で黙って笑っていた。
別の取材では、こう話した。
「都がここまで頑張れたのは、族のがあったからだといます」
祖父はテレビを見ながらリモコンを投げそうになった。
「何が族のだ!」
「おじいちゃん、落ち着いて」
「おは何で笑って隣に座ってるんだ!」
「今は言わせておけばいいの」
私は織が話すたび、すべての映像や記事を保した。
警察も、面で政の方を追っていた。
ところが、その男は事故の直に居を移し、何も織とは別の域で活していた。
簡単には見つからなかった。
私は焦らなかった。
もうつ、やるべきことがあったからだ。
パラリンピック代表を勝ち取ること。
母の真相を暴くために陸をやってきたわけではない。
私がここまでってきた理由を、織に奪われたくなかった。
代表入りが正式に決まると、取材の数が気に増えた。
テレビ局、聞、スポーツ雑誌、ウェブメディア。私は若の子陸選として紹介され、幼期の事故から競技を始めるまでの経歴も何度も取りげられた。
そこで最も目つようになったのが織だった。
最初は取材会の端にいただけだった。
それが数週には私の隣へ座り、さらにし経つと記者へ名刺のようなものまで配るようになった。
「都の母・織」とかれた連絡先だった。
私は何も言わなかった。
織がどこまでくのか見たかった。