"金メダル会見で、私は母の嘘を暴いた" 第1話
「ほら、都。ここからジャンプしてみなさい」
母の声だけは、今でも々ので聞こえる。
「できたら、好きな野球選のカードを買ってあげるわよ」
「カードは欲しいけど、ここからは無理だよ。怪しちゃうよ」
そこから先になると、いつも記憶が途切れた。
次に私が覚えているのは、病院のい井だった。体を起こそうとしても腰からがまったく言うことを聞かず、何度脚に力を入れても先つかなかった。ベッドの脇には父が座り、私のを握りながら、声を押し殺すように泣いていた。
私は学3だった。
医師から詳しい説を受けたのは、もうしだった。集宅の4階にある自宅のベランダから転落し、脊髄をきく傷つけたため、以のように自分の脚で歩ける能性は極めていという。たちは難しい言葉を選んで説してくれたが、当の私が理解したのはつだけだった。
もう野球選にはなれない。
私はさい頃から野球が好きだった。特に京のジャイアンツが好きで、試継があるは父とテレビのに座り、選名鑑を膝に広げながら球ごとに歓声をげていた。女の子だからプロ野球選にはなれないとからかわれても、私は本気で「だったら私が最初になればいい」とっていた。
放課には所の男の子たちに混じってボールを投げ、父が仕事から帰れば公園でキャッチボールをした。
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肩はかったし、も速かった。学3にしては体格も良く、域の野球チームの監督から「本格にやってみないか」と声をかけられたばかりだった。
それが、ある突然なくなった。
転落について私が覚えているのは、ベランダに母といたことだけだった。母は警察や父に「し目をしたに都が柵へよじ登った」と説したらしいが、私は自分が柵へ登った記憶さえなかった。何度いそうとしても、母の「ジャンプしてみなさい」という声らしきもののには、真っ黒な穴が空いていた。
そして、退院するに母はいなくなった。
父は「お母さんも事故に責任をじて苦しんでいるんだ」と説してくれた。けれど母は私へつ残さず、話をしてくることもなく、そのどこで暮らしているのかすら分からなくなった。幼かった私は、歩けなくなった自分を母が嫌いになったのだとった。
父はそんな私をで育てようとした。宅も子で活しやすい所へ移り、仕事のを調し、学にも何度もをげてくれた。私は父に迷惑をかけたくなくてるく振るったが、夜になると布団ので脚を叩きながら、どうしてかないのだろうと泣いた。
ところが、その父まで私が12歳のときにくなった。
以から抱えていた臓の病気が急に悪化したのだ。
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それから私は父方の祖父母と暮らすようになった。祖父の誠は無だが優しく、祖母の文は毎朝学へ持っていく弁当を作ってくれた。2は私が子でできないことを先回りして何でも伝うのではなく、「できる方法を緒に探そう」と言ってくれるだった。
それでも、私は以の自分には戻れなかった。
好きだった野球継を見るのも苦しかった。選が全力でる姿を見るたびに、自分にはもうできないのだといらされるからだ。友達から遊びに誘われても断ることが増え、学から帰ると部へ閉じこもるようになった。
そんなある、祖父が突然言った。
「都、はかけるぞ」
「どこに?」
「京ドーム」
私は顔をしかめた。
「きたくない」
「ジャイアンツのファン謝イベントだ。チケットをもらった」
「だからきたくないって」
「で腐ってても脚は治らん。だったら、せめて好きだったものくらい見にってこい」
ずいぶん乱暴な励まし方だとった。
結局、私は祖父に半ば引に連れされた。
京ドームの周囲には朝からくのファンが集まっていた。ユニフォームを着た子どもたちは目を輝かせ、選とのキャッチボール企画へっていく。以の私なら誰よりも興奮していたはずなのに、その景はただ胸を刺した。