"息子が私の家を売る夜" 第24話
「由紀さん。子さんはね、あなたのために、もうつの準備をしてくださっていたんだよ」
成瀬先が広げたのは、『教育資非課税信託契約』でした。
「練馬のの売却益の部から、百万円が、信託の由紀さん専用の特別座に拠されます。このおは、由紀さんが歳になり、学に入学したの授業料や教材費としてのみ、信託の厳格な審査を経て直接支払われるものです」
成瀬先は、呆然とする介と智美に向かって、鋭い線を投げかけました。
「親権者である介くんや智美さんが、この資を引きすことは法に切能です。宅ローンの返済にも、活費の補填にも、円たりとも流用できません。……子さんが遺されるのは、これからの由紀さんの学びのための、防壁としての百万円だけです」
「おばあちゃん……」
由紀の目から、粒の涙が溢れしました。 それは、恥ずかしさの涙でも、絶望の涙でもなく、純粋な謝と温もりによる涙でした。
「由紀ちゃん」
私は孫娘の濡れた頬を、指先で優しく拭いました。
「これはね、おじいちゃんと私からの、最の宿題よ。あなた自のを、自分ので誇りく歩むための杖にしなさい。……誰かに依せず、誰かを犠牲にせず、自分の力で派なにおなり」
「うん……! うん……! ありがとう、おばあちゃん……!」
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由紀は私の胸に顔を埋めて、声をげて泣きました。 私はそのさな背を、何度も、何度も優しく撫で続けました。
リビングので、介はただ打ちひしがれ、智美さんは力なく崩れ落ちたままでした。 彼らがに入れようとした千百万円のは完全に消えり、元に残ったのは、自分たち自の力で返済しなければならない巨額のローンと、え切った族の残骸だけでした。
。 の陽がの空へと傾き始めた頃、私は客の荷物をすべてまとめ終えていました。
もともと、退院のに持ち込んだのは、つのボストンバッグと、提げ袋がつだけでした。夫の形見の計、何冊かの本、そしての回りの着替え。
私が玄関につと、成瀬先が私の荷物を軽々と持ちげてくれました。 廊の奥から、介がふらふらとした取りで姿を現しました。その顔は気で、歳も老け込んだように見えました。
「母さん……本当に、っちゃうのか……?」
介の声は、今にも消え入りそうに掠れていました。
「ええ。今から、成瀬先の事務所が配してくれたウィークリーマンションに入ります。来には、武蔵野のしいまいがいますから」
「俺は……俺たちは、どうすればいいんだよ……」
介のその問いかけに、私はさく息を吐きしました。
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最まで、この子は「誰かに答えを教えてもらうこと」を求めている。自分で考え、自分で痛みを引き受ける覚悟が、まだできていないのです。
「介。私はもう、あなたの母親という役目をります」
私は、バッグからこのの鍵を取りしました。 そして、玄関の棚のに、カチリと音をてて置きました。
「今から、あなたたちはただの独したであり、私もまた、の独した老です。困ったことがあっても、もう実の扉はきません。自分たちの活は、自分たちのでて直しなさい」
「母さん……っ」
介がを伸ばしかけましたが、そのは空を切るだけで、私の紬の着物に触れることはできませんでした。 私は度も振り返ることなく、玄関のドアノブにをかけました。
「おばあちゃん!」
玄関のへ駆けしてきた由紀が、私の腕に抱きつきました。
「また、会いにっていい? しいお、教えてくれる?」
私は、孫娘のを撫で、柔らかく微笑みました。
「ええ、もちろんよ。由紀ちゃんが美しいお菓子を持って遊びに来てくれるのを、楽しみに待っているわ。いつでもいらっしゃい」
「うん! 絶対にくからね!」
の空気は、澄み切ってたく、よいの匂いが満ちていました。 成瀬先がの部座席のドアをけてくれました。 私は杖を突き、しっかりとした取りでに乗り込みました。
がゆっくりと発しました。 サイドミラーので、を振り続ける由紀の姿と、そのろでち尽くす介のさく丸まった背が、ざかっていきました。