"息子が私の家を売る夜" 第9話
「母さん、実は智美があのを売ろうとしているんだ。でも僕は、やっぱり父さんのを壊したくない」と、そう打ちけるための、これ以ない会でした。
しかし、介の反応は、私の期待を酷に裏切るものでした。
介は握りしめていたグラスを、音をててテーブルに置きました。氷がカチャカチャと激しく揺れました。
「母さん、あのは……もう古いんだよ」
介は私の目を見ようとせず、吐き捨てるように言いました。
「築だぞ。根も壁もボロボロだし、いつ震が来てもおかしくない。いだけで飯がえるわけじゃないんだ。これからの活のこと、もっと現実に考えなきゃ駄目だよ」
「現実って……介、あなたの活のこと?」
「俺たち全員の活だよ!」
介は突然、声を荒らげました。しかしその声には、正当なりの力さはなく、自分のろめたさを無理やり号で覆い隠そうとする、ひどく脆い響きがありました。
「俺だって……俺だって、会社でいろいろあるんだよ。いつまでも昔のことばかり言って、現実を見ない母さんのそういうところが、智美を疲れさせてるんじゃないのか? ……もういい。呂入ってくる」
介はそう言って、逃げるようにちがりました。 廊へていく彼の音は、普段よりもずっとく、乱れていました。
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テーブルのに残された麦茶のグラスには、びっしりと滴がついて、さなたまりを作っていました。 私はそのたまりを、指先で静かに拭いました。
度目の試は、黒でした。 彼は、父親の言葉をいすことすら拒絶しました。
度目の会は、その週末の曜の朝でした。
智美さんは「域包括支援センターの担当者と打ちわせがある」と言って、朝くからかけていました。由紀は階の自にこもり、イヤホンをして勉しているようでした。
介は、庭の隅にある物置から、古い段ボール箱や壊れた扇を引っ張りし、粗ゴミの集積所へ運ぶ準備をしていました。汗だくになりながら、ビニール紐でゴミを縛っている息子の元へ、私は玄関から声をかけました。
「介、しをとめてもいいかしら」
介は軍をはめたで額の汗を拭い、うんざりしたような顔で振り返りました。
「何だよ、母さん。今、がせないんだけど」
私は玄関のがり框から、歩へとりました。 そして、エプロンのポケットから、夫の形見である古い懐計を取りしました。の鎖がついた、健が定退職のに記に購入した計でした。
「これ、お父さんの計よ。ずっと練馬の仏壇の引きしに入れてあったのを、入院するに提げに入れて持ってきたの。
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あなたにあげようとって」
介の線が、私ののひらにあるの計に落ちました。 彼のが、かすかにピクリときました。子供の頃、父親の斎に入り込んでは、この計の裏蓋をけて歯のきを飽きずに眺めていたのを、覚えているはずでした。
「……いいよ、俺には。今どき、こんな巻きの計なんて使う会ないし」
「形見よ。持っていてちょうだい。……それとね、介」
私は歩、介にづきました。
「智美さんに預けた、あの桐の箱のことなんだけど」
介の体が、らかに直しました。軍ので指がギュッと握りしめられるのが分かりました。
「智美さん、毎忙しそうでしょう。私のの回りのことだけでも変なのに、実印みたいな事なものまで預けていたら、万がのに智美さんに余計な責任を負わせてしまうわ。私、し考え直したの。やっぱりあの印鑑は、私の元に戻しておこうとうのよ」
私は介の顔を、じっと見つめました。
「あなたから、智美さんにそう伝えて、箱を返してもらえないかしら。息子のあなたから言ってくれた方が、角がたないでしょう?」
これ以ない、直接な求でした。 もし介に、妻の暴を止める気があるなら。 もし彼が、母親を騙してを奪う計画に荷担したくないとっているなら、ここで「分かった、僕が智美から受け取って母さんに返すよ」
と言えば済む話でした。
しかし、介の顔に浮かんだのは、い困惑と、そして隠しきれない苛ちでした。