"息子が私の家を売る夜" 第5話
けれど、数秒の沈黙の、介のから漏れたのは、私の最の希望を々に打ち砕く言葉でした。
「……智美」
「何よ」
「やるなら……母さんにだけは、勘づかれないようにしろよ」
ヒュッと、喉の奥で息が詰まりました。
「分かってるわよ。あとヶの辛抱よ。ヶして、続きさえ終わっちゃえば、あのは私たちのものなんだから。お義母さんには悪いけど、私たちだってきていくのに必なんだから仕方ないわよね」
「……ああ。そうだな。由紀のためでもあるしな」
介はそう言って、残りのビールを気にみ干しました。
ドン、と缶がテーブルに置かれる音がしました。
私は、暗い廊の壁に背を預け、たい板張りのに崩れ落ちそうになる膝を、必でで押さえつけました。
りでも、悔しさでもありませんでした。 ただ、体の芯からすべての体温が急速に奪われていくような、底れぬ気が全を駆け巡っていました。
介。 私の息子、介。
彼は、智美さんの悪巧みに巻き込まれた被害者などではありませんでした。 彼は、自分の宅ローンを消しり、娘の学費を面し、自分の活を楽にするために、母親が「ボケていくこと」を、誰よりも望んでいたのです。
妻が棒の役を引き受け、自分は「仕方がない」「族のためだ」とので言い訳をしながら、ろからその果実を掠め取ろうとしている。
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その卑劣さと浅ましさが、胸の奥を刃物でえぐられるように痛みました。
「……ふう、そろそろ寝ましょうか。もいわよ」
「ああ。の朝、母さんの様子をそれとなく見てみるよ」
リビングの子が引かれる音がしました。 私は音をてないよう、壁を伝って素く、しかし慎に自分の部へと戻りました。
襖を静かに閉め、布団に潜り込みました。 暗の、臓がの奥で鐘のように打っていました。両はたく直していました。
私は布団ので、自分の両をぎゅっと握りしめました。 爪がのひらにい込み、確かな痛みがります。
泣き叫んで、リビングのドアを蹴破ってを罵倒してやりたいという衝が、瞬だけ胸をかすめました。 「おたちにのはないのか」と。 「私がどんないであのを守ってきたとっているんだ」と。
けれど、私はそのを、腹の底へとく押し殺しました。
今ここで騒ぎてても、何のもありません。 介は言い逃れをし、智美さんは「お義母さんが夜に聴を聞いて取り乱した」と処理するでしょう。そして、ますます引に私を精神科や施設へと押し込める実にするはずです。
声のきい者が勝つ。 堀を埋めた者が勝つ。 彼らはそう信じ込んでいます。
ならば、見せてあげようじゃないの。
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私は、暗ので井を見つめました。 私のは、これまでののので、今が番冴え渡っていました。
健さん。 あなたが言っていた通りね。 あの子は、本当にい子だったわ。自分の痛みを避けるためなら、母親の尊厳を踏みにじることさえ、見て見ぬ振りができるくらいに。
私は、布団から静かに起きがりました。 部の隅に置いてある、入院のに使った黒いボストンバッグ。その底には、ファスナー付きのさな隠しポケットがあります。
私は探りでそのポケットをけました。 指先に触れたのは、さな布の包みでした。包みをくと、滑らかな触りの桐の箱が現れました。
箱の蓋をけると、朱肉の匂いが微かにちりました。 に入っているのは、夫がに、私たちが練馬のを築したに誂えてくれた、牛の角でできた本の実印でした。
『子、これがおの印鑑だ。の登記簿にも、この印鑑が押してある。このはおと俺の、のだからな』
そう言って笑っていた夫の笑顔がいされました。
智美さんが血になって探している、私の実印。 これさえあれば、あのを奪えるとい込んでいる、魔法の杖。
私はそのたい印鑑の触を、のひらので確かめました。
「……あとヶ、ね」
私は誰にも聞こえない声で、さく呟きました。
私の唇の端に、たい笑みが浮かびました。
彼らが私を「何も分からないれな老」