"父の料亭を継いだ翌日、板長が全員連れて独立" 第5話
「番さんは?」
「もういません」
さらにい沈黙があった。
「私ね、綾乃さん。のは好きなの。でも、あのがいるには戻れなかった」
理由を聞くと、今井さんは黒田さんから毎のように「ばあさんはが遅い」と言われていたという。最初は自分でも齢のせいだとっていたが、そのうち若い料理まで真似をして笑うようになり、とうとう耐えられなくなった。
次に、元仲居の岸本さんへ連絡した。
「板さんが座敷の並びまで決めるようになったんです。お客様のことは私たちの方が分かっていると言ったら、翌から私だけきな座敷をされました」
元焼き方の葛さんは、もっとはっきり言った。
「俺は3、『おの焼き物は素以だ』って言われ続けました。今でもにますよ」
4で11と話した。
そのうち9が、こちらから聞いてもいないのに黒田さんの名をした。
私はようやく理解した。
板にがいなくなったのは、黒田さんが辞めたからではない。
黒田さんがいたから、い、が育たなかったのだ。
そして12目として話を掛けたのが、元副板の沢渡直さんだった。
現42歳。
隣ののホテルで、本料理部の副料理をしている。
「のの篠原綾乃です」
名乗った瞬、相の声がくなった。
父のを伝え、が休業していることを説したあと、私は回りくどい言い方をせず頼んだ。
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「沢渡さん。もう度、のの板へ戻っていただけませんか」
返事はすぐに来た。
「申し訳ありません。それは無理です」
「理由を聞かせてください」
沢渡さんは度息を吸った。
「黒田さんがいる限り、僕はあの板にはてません」
私は静かに答えた。
「黒田さんなら、もういません」
話の向こうから、何の音もしなくなった。
沢渡さんは翌、のへ来た。
5ぶりに板へ入った彼は、の消えた竈や空になった包丁差しを見ながら、しばらく何も言わなかった。父が最にいた献のきが壁に残っているのを見つけると、指先での端へ触れた。
「先代は、ここで倒れられたんですね」
「はい」
しばらくして沢渡さんは、な話をした。
辞めてからの5、父とはに度会っていたという。
所は川向こうの蕎麦。
父は仕事へ戻れとも謝罪とも言わず、沢渡さんの況を聞き、「うまいものをえ」と蕎麦代を払って帰った。
「度だけ言われました。『直、おの椀はうちの椀だ』って」
黒田さんから「俺の真似だ」と否定された料理を、父は覚えていた。
私は父のノートを見せた。
沢渡さんが辞めたの欄には、
《沢渡直 黒田君》
とある。
沢渡さんはい、その文字を見ていた。
「僕はあの、先代に何も言わず辞めました。止められるとったから、だけ置いて」
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「父は分かっていたんだといます」
「分かっていて、止めなかったんですね」
責める調ではなかった。
私は正直に答えた。
「そこは父の違いだったとっています」
沢渡さんはし驚いた顔をした。
「父だから全部正しかったとは言いません。黒田さんの腕を必とするあまり、辞めていくに甘えてしまった。私は同じやり方には戻したくありません」
そして条件を説した。
沢渡さんには板を任せる。
献と板の采配は任せる。
ただし、週1の休みと1回の連休を必ず設ける。
がりないは6全てをけず、3だけで営業する。
無理に予約を受けて現へ押しつけない。
「のは今、潰れてもおかしくないです」
私が言うと、沢渡さんはし笑った。
「それをったで呼んだんでしょう」
「はい」
「ならきます」
即答だった。
「先代にはまだ何も返していませんから」
沢渡さんが決まると、次は仲居だった井郁さんへ会いにった。彼女は3までくのに勤め、座敷全体を任されていただ。
喫茶で話をすると、井さんは砂糖の袋を指で折りながら言った。
「私が辞めた理由、あんたらなかったでしょう」
「りませんでした」
「番さんが『座敷は板のだ』って言ったの。料理を運ぶだけなんだから、板の言う通りにしろって」
父は度もそんなことを言わなかった。
井さんは続けた。
「私が嫌だったのは叱られたことじゃない。