"追い出された四畳半" 第2話
濡れたコンクリートのたさが、作業ズボンの膝をじわりと濡らす。 指先が、排ホースの蛇腹に絡みついた異物に触れた。 埃の塊か、あるいは落ちた靴かとい、く引き抜こうとした。
抵抗があった。 何にも巻かれた黒いビニールテープが、排ホースの裏側、からは決して見えない角に、何かを固定していた。
——なぜ、こんな所に?
胸の奥に、吉なたい棘がちくりと刺さった。 私は息を止め、周囲を窺った。 寝からは、まだ莉緒の規則正しい寝息が聞こえている。 私はポケットからカッターナイフを取りし、湿ってくなったビニールテープを慎に切り裂いた。
剥がれ落ちたのは、分いのジッパー付き防ケースだった。 事用の耐袋だ。 表面のを拭い、震える指でプラスチックのジップをく。
からてきたのは、丁寧につ折りにされた数枚の類だった。 番の類の題を見た瞬、私の界がく滅した。
『都営公団宅・特定公共賃貸宅 名義承継申請兼退承諾』
類の文字が、朝の暗いので異様なを放っていた。 承継(契約者)の欄には、端正な丸文字で記された『桐原莉緒』の名。 そして共同入居者の欄には『須藤拓真』。
私の線は、吸い寄せられるようにそのの欄へと落ちた。
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現契約者(退者):宇佐美茜 退理由:の都による自主退、および名義承継に対する全面同
そこには、私の名が完璧な跡で模写されていた。 そして、その横の押印欄。 鮮やかな朱肉の跡。 それは、私が成したときにき母が持たせてくれた、私の唯の『実印』の印だった。
の芯が、氷を流し込まれたようにえ切っていく。 私はその類のにねられていた、もう枚の公な通に目を落とした。
それは、京都宅供公社からの『賃算定通』だった。
減免措置適用 額納付額:万千百円
数字が、網膜に焼きついてれなかった。
万千百円。
万円ではない。 この部は、私のき母が暮らしていた所得者向けの特定活困窮者枠を引き継いだものであり、賃は最初から万円を切っていたのだ。
莉緒はっていたのだ。 私が母をくし、世らずで、役所の続きをすべて「私が全部やってあげるから、茜はおだけちょうだい」と言った言葉を信じ切っていたことを。
万千円。 私は毎、実際の賃の倍いを彼女に貢ぎ続けていた。 差額の万千円以が、莉緒のになり、ブランドのバッグになり、毎晩のデリバリーピザに化けていた。 そして今、彼女はその私を『自主退』したことに仕てげ、この格の部の権利ごと、しい男に横流ししようとしている。
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防ケースの底から、さらに数枚のハガキが滑り落ちた。 消費者融社からの、赤字で印刷された『最終督促状』。 宛名はすべて、桐原莉緒。 記載された延滞の計額は、百万円を超えていた。
全の毛穴から、じっとりとたい汗が噴きした。 りよりも先に、元が底の抜けた井戸のように崩れ落ちていく覚。 私が飢えをしのぐために数円の特売もやしを選んでいたその横で、この女は私から巻きげたで借を自転操業し、最には私をへ放りそうとしていたのだ。
カサリ、と背で微かな音がした。
臓がねがり、喉元までせりがった。 私は反射に類をジッパー袋へ戻し、元の排ホースの裏側へ押し込んだ。 テープを巻き直すはない。 ただ、ホースのにく押し込み、をねげて偽装した。
「……茜? 何やってんの、寒っ」
網戸がガラリとき、寝起きの浮腫んだ顔をした莉緒がっていた。 シルクのパジャマの胸元をだらしなく緩め、怪訝そうに眉をひそめている。
私は濡れた雑巾を握りしめ、背を向けたまま、わざと掠れた声をした。 「……排が、詰まってたから。ゴミ、取ってたの」
「ふーん。汚ったないね。あ、お湯沸いてる? 湯みたいんだけど」 「今、沸かす」
私はちがり、ふらつく両を必に踏みしめて台所へ向かった。
膝の震えが止まらない。