"離婚した直後、奪われていた80億円が戻った――元夫の結婚式で私が取り返したもの" 第2話
この80億円は宝くじでも、誰かから贈られた財産でもない。き父・瀬誠が発した建築用の特殊防混材と、私が相続した関連特許から本来じるはずだった使用料、その権利を泰成建設が複数の関連会社へ迂回させて得ていた収益の部だった。3から弁護士とめていた調査と民事続きにより、争いのない部分だけが信託座へ隔され、私と健吾の婚姻関係が法に終した点で私個の管理へ移るよう続きされていた。
彼らは、私が何もらないとっていた。
で黙って事を作り、姑にをげ、夫が持ち帰った類を「専として確認してくれ」と言われれば夜まで目を通していた女が、財務諸表も株式構成も特許権の帰属も理解していないとい込んでいた。健吾は会社の数字を見せながら、何度も私の目ので嘘をついた。そのたびに私は反論せず、必な資料だけをつずつ記録していた。
スマートフォンが再び震えた。父の古い友でもある弁護士からだった。
《信託資の移管を確認しました。監査資料、権利移転の偽造記録、内部メール、録音データもすべて保全済みです。あとは公のタイミングだけです》
私はく入力した。
《今の夕方でお願いします》
運転がバックミラー越しにき先を尋ねた。
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ちょうど交差点の向こうに、ホテル帝都でわれる「泰成建設・佐藤健吾氏 たな」とかれたきな広告が見えた。健吾と優奈が並んだ写真は、まるでこの世に何つろ暗いことがないのように輝いていた。
「ホテル帝都までお願いします」
運転がし驚いたように私を見た。
「今はきな結婚式があるらしくて、周辺が混んでいるみたいですよ」
「構いません」
私は窓の向こうの広告を見ながら答えた。
「渡さなければならないものが、つあるので」
父は、派な建築ではなかった。賞を欲しがるでもなく、自分の名をにすことにも興を示さず、方の学や集宅、の改修に何も携わってきた技術者だった。私が学で建築を学び始めた頃、父はよく古い卓に図面を広げ、赤鉛を持ったまま同じことを聞いた。
「栞、おがこのにむなら、この部でして眠れるか」
学だった私は、その質問が嫌いだった。斬な形や美しい観を褒めてほしいのに、父は窓のさ、避難経、の流れ、壁のひび割れといったなことばかり指摘したからだ。しかし父がくなり、私が泰成建設の仕事にく関わるようになってから、ようやくその言葉のが分かった。
建築は、のだけで完結する仕事ではない。
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図面の線本、資材の型番つ、確認印つの向こうに、そこで眠り、子供を育て、老いていくの活がある。だから父は、自分が研究してきた防混材の性能を易にげることも、い代替品へ変えることも決して許さなかった。
健吾とりったのは、父がくなって半だった。泰成建設が父の技術を採用したいと申し入れてきたことがきっかけで、担当役員だった健吾が何度も私のところへを運ぶようになった。彼は最初、父の研究を誰よりも尊敬しているように見えたし、私の設計にも真剣にを傾けてくれた。
「君のお父さんの技術を、もっときな仕事に使いたい。君自も設計者としてにるべきだとう」
そう言ってくれたを、私は信じた。結婚を申し込まれたには、父が残してくれた仕事を緒に発展させられる相に会えたのだとさえった。美智子の態度にの違はあったが、「古いだから慣れるまでがかかる」と健吾に言われ、自分が努力すればいいのだと考えていた。
最初のは、本当に穏やかだった。ところが泰成建設が急速に業績を伸ばし始めると、しずつ何かが変わっていった。私が作った設計案が会社名義で発表され、父の特許を使用した現が増えているのに、権利使用料の報告額だけは自然なほどさいままだった。
私が経理資料を見せてほしいと言うと、健吾は笑った。