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"十年介護と九千万円" 第15話

麻美が勝ち誇ったように腹をさすりながら、私を見ろした。 「あんた、もタダでこの部に居座ってたんですってね? 健ちゃんの当てに寄してさ。本当に図々しいババア。もうあんたはお役御免なのよ。さっさとハンコ押して、今夜にこの部からていきなさいよ」

の暴力な言葉が、たいる部に満ちていく。

私の胸ので、何かが音をてて弾けんだ。 今すぐ台所の包丁を握り、この女の喉笛を掻き切ってやりたい。 迫の油ぎった顔を、叩き割ってやりたい。

だが——。 私は爪がのひらを貫くほどく拳を握り締め、その激を胃の底へと呑みした。

ここで暴れれば、警察を呼ばれて私が現犯で取り押さえられる。 神保が言っていた。確実に仕留めるには、奴らが完全に油断し、逃げを失う瞬を待たなければならない。

私はわざと、膝から崩れ落ちるように畳のにへたり込んだ。 肩を震わせ、粒の涙をボロボロと零す。

「……わかりました……」 私は掠れた、今にも消え入りそうな声をした。

「押します……実印でも何でも、押しますから……どうか、両親の骨だけは……実のお墓だけは、壊さないでください……」

私はに額を擦り付け、惨めに泣き叫ぶ女を演じ切った。 、奴らが私に求めてきた「無力で愚鈍な妹」の姿を。

迫と麻美は、顔を見わせて品な嘲笑を漏らした。

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「最初からそうすりゃいいんだよ」 迫は満げにを鳴らし、類を私のに突きした。 「実印は曜の朝番に回収に来る。この同の控えに、とりあえず認印と拇印を押しておけ。逃げようなんてうなよ」

私は震える指で、朱肉を親指に擦り付け、類の隅に赤い拇印を押し当てた。 奴らの完全な勝利を確信させるための、偽りの伏。

「じゃあね、負け犬のおばさん」 麻美は踵を返し、い匂いを残して玄関へと向かった。 迫も類を回収し、嘲るような線を私に残してっていった。

ドアがバタンと閉まり、鍵が掛けられる音がした。

静寂が戻った部で、私はゆっくりと顔をげた。 流れていた涙は、瞬に引き波のように消えっていた。 私の瞳の奥には、氷よりもたいが宿っていた。

私は割れた写真てを拾いげ、踏みにじられた父母の写真を胸に抱いた。 「お父さん、お母さん……もうしだけ、待っていて」

ふと、机のに残された同の控えの、の欄に目が留まった。

そこには【関係者】の署名が、すでにボールペンで記入されていた。

:訪問護ステーションひまわり 護師

息が止まった。

。 週に回、公団の男のバイタルチェックとずれの処置に来ていた、あの若い訪問護師だ。 いつも申し訳なさそうに私の荒れたを気遣い、「枝さん、無理しないでくださいね」

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と優しい言葉をかけてくれていた、あの娘。

(千さんまで……迫の仲だったのか?)

裏切りの痛みが、たい刃となって胸を刺した。 だが、その跡をよく見ると、文字が激しく震えていた。 まるで、泣きながら、無理やりペンを握らされたかのように。

計を見ると、午を回っていた。 の夜、千はいつもステーションの夜当番に入っているはずだった。

私はコートを羽織り、部した。

公団から徒歩分。 寂れた商の端にある、古びた雑居ビルの階。 【訪問護ステーションひまわり】の板の奥に、暗いかりが灯っていた。

階段を駆けがり、非常ドアを叩く。 数秒、怯えたようにドアがわずかにいた。

そこにっていた千は、制にカーディガンを羽織り、目を真っ赤に腫らしていた。

「……枝、さん……?」

「千さん。これ、何ですか」 私はあの同の控え、彼女の署名がある部分を突きつけた。

の顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。 彼女は元を押さえ、そのに崩れ落ちるように膝をついた。

「ごめんなさい……ごめんなさい、枝さん……!」

に額を擦り付け、声を押し殺して泣きした。 その取り乱し方は、共犯者のそれではなく、巨な罪悪に押し潰されたの姿だった。

「話して。何があったの」

事務所の奥へ千を連れて入り、鍵を掛けた。

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