"名前を消された入園届" 第1話
玄関のたいビニールに、陽菜のさな赤い靴が転がっていた。
12.5センチ。先、私のパート代から面して、松のワゴンセールでようやく買った靴だった。まだ爪先にしがついている。今、保育園の体験入園の帰りに、団のさな公園の砂にち寄ったのものだ。
その靴を、康平の革靴の先が無造作に蹴ばした。
「くしろよ。母さんもで見てるんだから」
康平の声には、りすら混じっていなかった。 ただ、部の隅に溜まった埃をちり取りで掃きすのような、ひどく事務で、平坦なたさだけがあった。
夫であるはずの男の顔を見げる。 取り24万。古部品のルート営業。34歳。 ポリエステルのっぽいスーツの肩にはフケが落ち、ネクタイは結び目が緩んでいた。いつもの、疲れ切った、冴えない常の姿だった。叫び声をげているわけでも、刃物を振り回しているわけでもない。だからこそ、私の背骨の奥が凍りついていくような覚があった。
「……康平さん、待って。曜は、陽菜の入園面談なの。役所のが、うちの状況を見に来るって……」
私の胸には、抱っこ紐で陽菜が固定されている。 1歳8ヶの娘は、いつもと違う両親の異様な空気を察したのか、私のセーターの胸元をさな指でぎゅっと握りしめたまま、声をてずに震えていた。
広告
陽菜の柔らかな頬が、私の鎖骨に押し当てられている。その温もりだけが、現実の輪郭をかろうじて保たせていた。
「だから言っただろ」
康平の背、暗いキッチンの奥から、のそりとが現れた。 康平の妹の志織だった。 31歳。半、婚したと言って、2歳になる息子を連れてこの2DKの県営団に転がり込んできた義妹だ。汚れためんこいフリースの部着を着て、根元が伸び切った髪をのてっぺんで無造作にお団子にしている。片には、みかけのストロングゼロの缶。いアクリルの付け爪が、スマートフォンの画面をカチカチと気よく叩いていた。
「さん、もうみっともないからやめなよ。お兄ちゃんを困らせて何が楽しいの?」
志織はで笑った。アルコールの混じった甘ったるい息が、狭い玄関の空気に混ざりう。
「あんた、最ずっとおかしかったじゃん。夜にひとりで台所でブツブツ言ってさ。陽菜ちゃんの夜泣きも放置して、所から苦が来てるって自治会さんからも言われたのよ? 自覚ないの?」
「そんなこと……してない。私は、夜勤けでもちゃんと陽菜を……」
「そういう被害妄が狂ってる証拠だって言ってんの」
志織が缶をキッチンの造理のカウンターに置いた。コトリ、と鈍い音が響く。
「育児ノイローゼでしょ。
広告
取り13万のパンのパートごときでキャパオーバー起こして、庭崩壊させて。お兄ちゃん、毎胃薬んでるんだよ? しは悪いとわないわけ? 母親失格なんだよ、あんたは」
言葉のナイフが、容赦なく私の皮膚を切り刻んでいく。 言い返そうとした瞬、胃の底からせりがってくるような激しい吐き気に襲われた。極度のストレスのせいか、腹部にキリキリとした鋭い痛みがる。帝王切の古傷が、内側から引き裂かれるような鈍痛だった。
ここで取り乱せば、本当に「狂った母親」に仕てげられる。 その恐怖が、私の喉をく縛りつけていた。
元には、ヤオコーの黄いレジ袋がふたつ転がっていた。 には、私が寝のタンスから引っ張りされた物のインナーや、毛玉のついたスウェットが、ぐちゃぐちゃに押し込まれている。 そして、そのレジ袋の隣に転がっていたのは、のきなボストンバッグだった。
来週の曜、認保育園に入園するために、私が何週もから準備していた陽菜のお昼寝布団セットが入ったバッグだ。
「これ……私の……」
「おの私物は全部まとめた。実に帰れよ。おのお父さんに話して、迎えに来てもらえ」
康平が言った。 彼の目は、私の顔を見ていなかった。私の胸元で怯える陽菜のにも、度として線を落とさない。
ただ、玄関のたたきに落ちている荷物を、くドアのへ掃きしたいという焦燥だけが、その濁った瞳に滲んでいた。