"港に妻を捨てた次期社長候補の末路" 第7話
話の向こうで、い沈黙があった。
「そういう言い方をするなら、こっちにも考えがある」
「考え?」
夫の声が段くなった。
「君が旅にになったことは、母も秘もすでに把握している。会社にも迷惑をかけるな」
私は台所の子に座り直した。
隣の部では、母がテレビを見ている。
笑い声の効果音が、い壁越しに聞こえてきた。
「なんだ?」
夫が苛ったように言った。
私は静かにをいた。
「港で私を置いてった理由を、ちゃんと説して」
「だから、君が静じゃなかったからだ」
「私は騒いでない。騒ぐだけが静じゃないってことじゃない」
夫はまた、言葉を巧みに形を変えようとした。
「そういうじゃない」
いつもの、彼特の逃げ方だった。
「に誰が乗っていたの」
話の向こうで、夫が息を呑む気配がはっきりと伝わってきた。
「何の話だ?」
「横浜に来たい。部座席に誰がいたの?」
夫はで笑った。
「くだらない妄はやめろ」
私は切のを交えずに言った。
「さやさん」
夫がく笑った。
その笑い方で、すべてが分かった。
「美緒。君は本当に、像で自分を苦しめるのが好きだな」
私はに持っていたペンをテーブルに置いた。
「そうかもしれない。だったら……でも、像だけなら、あなたは今みたいに笑わない」
話の向こうの空気が、凍りついたように変わった。
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私は初めて、夫の言葉を遮り切らなかったことを悔しなかった。
むしろ、彼の嘘を最まで聞けば聞くほど、彼の言葉が彼自ので崩れていくのをややかにじていた。
「、母がそちらにく」
夫は唐突に話題を変えた。
「来なくていい。君のためだ」
私はきっぱりと言った。
「私のためなら、来ないで」
「美緒」
今までずっと、そのように名を優しく呼べば、私が折れて黙るとっていたのだろう。
夫は完全に沈黙した。
「は仕事にきます」
私はちがった。
「会社で、私の体調の話を勝に広げるのはやめて」
「……」
「次に誰かに言ったら、私は自分ので説します」
夫の声がく唸った。
「脅してるのか?」
「お願いです」
私はわざと、ひどく丁寧な言葉遣いをした。
「これ以、私の席を勝にかさないでください」
話を切ると、私の指先は氷のようにえ切っていた。
隣の部の襖がき、母が顔をした。
「声、聞こえたわよ」
私はし俯いた。
「ごめん」
母は首を振った。
「いいのよ。テレビよりずっと面かったから」
「お母さん」
母は真顔のまま、に持っていたお茶をすすった。
「冗談でも言わないと、こっちが泣きそうなの」
その言葉を聞いて、私の目に初めてい涙が滲んだ。
翌朝、私は会社の広報部へ勤した。
会社の巨なビルに入る、ガラスの自ドアに映る自分の姿を確認した。
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紺のワンピース、いベージュのコート、めのパンプス。
いつもと全く同じ格好なのに、自分の輪郭がしだけ違って見えた。
受付の女性が、いつもよりく、ひどく丁寧にをげた。
「森崎様、おはようございます」
その「様」という響きが、今はやけにくじられた。
エレベーターに乗り込むと、役員フロアきの社員たちと乗りわせた。
誰も私に向かって何も言わない。
しかし、その密の沈黙には、確かな温度と線があった。
私がりる階に着いた、の男性社員がくボタンを押してくれた。
「お事に」
すれ違いざま、極めてさな声だった。
私は振り返り、彼に向かって微笑んだ。
「ありがとうございます。もう丈夫です」
もう丈夫。
本当は、しも丈夫ではなかった。
でも、その言葉を自分自のからすことに、今はがあった。
広報部のフロアに入ると、ナナさんがコンビニの袋を持ってすぐにづいてきた。
「おはよう。今はプリンが作」
私はし驚いて袋を見た。
「朝からですか?」
ナナさんは真剣な顔で頷いた。
「非常には糖分よ。社則にはいてないけど」
私のデスクのに、さなプリンが置かれた。
蓋に描かれた猫のポップなイラストが妙にるくて、また泣きそうになった。
午は、来に迫ったホテル業記パーティーの資料確認に追われた。
森崎ホールディングスの創業周を兼ねた、非常にきな催しである。