"港に妻を捨てた次期社長候補の末路" 第4話
私はしばらく、その画面をじっと見つめていた。
倒れてなどいない。
ただ港に置いてかれただけだ。
けれど、そのまま正直に文字を打つには、まだ自分ののが々しすぎた。
私は呼吸をしてから、指をかした。
『あとくらいで着く。お茶だけませて』
送信ボタンを押すと、すぐに返信が来た。
『分かった。お茶だけじゃなくて、炊き込みご飯もある』
それは、いかにも私の母らしい返事だった。
私はしだけ笑おうとしたが、喉の奥がひどく痛くなった。
母のは、駅の古い商を抜けた先にある、さな軒だった。
父がくなってからも、母はずっとでこのにみ続けている。
玄関の古い引き戸はしく、けるには必ず属の擦れる音がする。
夕暮れ、私がその音をてて玄関をけた。
「ただいま」
私が声をかけると、台所の奥から母がりでびしてきた。
「ちょっと、顔がひどいじゃない」
母の顔を見た瞬、私の膝からふっと力が抜けそうになった。
母は私の横にあるきなスーツケースを見て、何かを言いかけた。
しかし、彼女はを閉じ、何も聞かなかった。
「、洗って。お噌汁あっためるから」
母はそれだけ言って、台所へ戻っていった。
私は洗面所に向かい、たい蛇をひねった。
勢いよく流れるの音が、狭いのにきく響いた。
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鏡のには、母が昔から使っているいハンドソープが置かれている。
都内のマンションの洗面台に並べていた輸入品のボトルより、ずっと懐かしくする匂いがした。
を洗い終わった、私は反射にくにあったタオルで洗面台のび散った滴を拭き取った。
ふと気配をじて振り返ると、母がろから私を見ていた。
「相変わらずね」
母はさなため息をついた。
「疲れててもそこ拭くの、癖だから」
それは違いなく、森崎さんのでについた癖だった。
母はさらりと言ったが、その声のトーンはしかった。
私は何も答えず、黙ってタオルを戻した。
卓には、母の言った通りの炊き込みご飯と温かい噌汁、そして商の惣菜で買ったらしいコロッケが並んでいた。
母は湯呑みをつ用し、私のに静かに置いた。
「お茶だけんでから考えなさい」
それは、昔からの母の癖だった。
私は温かい湯呑みを両で包み込んだ。
お茶のさが、え切った指先にゆっくりと移っていく。
母は私の向かいの席に座り、しばらくの、私をじっと見ていた。
やがて、まな板ので根を切るような、定の淡々とした調子でをいた。
「置いてかれたのね」
私は顔をげずに聞いた。
「誰から聞いたの?」
母は私のお茶を指差した。
「誰からも。
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あなたの顔にいてある」
私は笑えなかった。
「港で、玲が先に帰った」
私は湯呑みを見つめたまま言った。
「先に、私の荷物だけ置いて」
母のが、自分の湯呑みのでピタリと止まった。
私は母がるかとった。
しかし、母は鳴りもしなかった。
たださく、く息を吐きした。
「そう」
そのく静かな「そう」という言葉が、番私の胸を痛めつけた。
母は普段から余計なことを言うだったが、本当にきな来事のでは、言葉を慎に選ぶでもあった。
「今夜は、泊まりなさい」
私はさく頷いた。
「うん」
母はちがり、コロッケの皿を引き寄せた。
「玲さんには連絡してない」
私は母の顔を見た。
「しなくていいんじゃない」
それは私にとって、しな反応だった。
母なら、まずは夫婦で話しいなさいと諭すとっていたからだ。
私が顔をげると、母はコロッケにソースをかけながら言った。
「置いてったは、置いてかれたがどこで夜を越すかくらい、自分で配すればいいのよ」
母の声は静かだった。
静かだからこそ、その言葉のみが真っ直ぐに伝わってきた。
その夜、私は階にある元自分の部のベッドで眠りについた。
窓にかかるカーテンは古びており、学習机には学代に貼ったさなシールの跡がまだ残っていた。
たい布団に入ってを向くと、井の古い目がはっきりと目に入った。
マンションの寝の、くい井よりもずっとくにじる。