"港に妻を捨てた次期社長候補の末路" 第2話
それは彼が苛ちを隠すの、昔からの癖だった。
「会社のだよ」
私は彼の指先のきをじっと見つめた。
「会社のなら、どうして私に紹介できないの?」
夫はいため息をついた。
「美緒」
名を呼ぶ声だけが、ひどく優しかった。
「旅の最くらい、みっともないことはやめよう」
私は唇をく噛み締めた。
みっともないのは誰だろうか。
そう聞き返す気力すら湧かず、結局私はまた黙り込んでしまった。
夫はその私の沈黙を、自分の勝ちだと受け取ったのだとう。
の列がゆっくりときした。
夫は私のスーツケースのハンドルを握り、代わりに押してくれた。
から見れば、妻を気遣う優しい夫に見えたことだろう。
すれ違った配の女性が、私たちを見て微笑んだ。
「優しいご主ね」
私は曖昧にをげた。
港のコンクリートの面にりった瞬、夫のスマートフォンがく鳴った。
夫はすぐに画面を確認し、通話ボタンを押した。
「うん」
彼は周囲を気にするように声を落とした。
「着いた」
い相槌を打つ。
「すぐく」
会話はそれだけで終わった。
夫は私のスーツケースを岸壁の端へと寄せた。
そして、ハンドルを伸ばしたまま無造作にを放した。
「玲」
私が名を呼ぶと、夫はたい目で私を見ろした。
「母が待ってる」
彼はスーツの皺を軽く伸ばした。
広告
「君はしをやしてから来ればいい」
私は元のスーツケースに線を落とした。
「どういう?」
夫は表を変えずに答えた。
「そのままのだよ」
その、台のいが私たちのへと静かにづいてきた。
運転席には、森崎のお抱えの運転ではなく、見らぬ若い男性が座っていた。
部座席の窓は黒く塗られており、に誰が乗っているのかは全く見えなかった。
夫はのドアノブにをかけた。
「帰りのはなんだから、自分でなんとかできるだろう」
その言葉を聞いた、議なほど胸の奥が静かになった。
りは湧いてこなかった。
涙も溢れなかった。
ただ、私ので何かがいに落ちたような音がした。
い、私ので夫婦という形をギリギリで支えていたさな部品が、完全にれたのだとう。
夫はいに乗り込んだ。
バタンとドアが閉まり、は滑るように港をていく。
夫は度もこちらを振り返らなかった。
私は自分のスーツケースのにったまま、しばらくを見つめていた。
のが私の髪を乱していく。
周囲には、の排気の匂いと、どこからか漂うコーヒーの匂いが混ざりっていた。
くのベンチでは、若い夫婦が楽しそうに記写真を撮っていた。
妻がカメラを構えながら笑う。
「もうし笑ってよ」
広告
夫が照れたようにを掻いて笑った。
そのありふれた普通の景が、私の胸の奥にく刺さった。
私はコートのポケットからスマートフォンを取りした。
画面には、夫からのメッセージが届いていた。
『落ち着いたら連絡して。母には体調良と伝えておく』
私は画面を見つめた。
体調良。
彼はまた、すべてを私のせいにするつもりらしい。
私は何も返信せず、スマートフォンをポケットにしまった。
ゆっくりと歩きし、港の待へと入る。
隅にある自販売で、温かい缶のコーヒーを買った。
むと、甘すぎるカフェオレのがした。
ひどく疲れた、私はいつも無識にこれを買ってしまう。
結婚してもない頃、夫がこのコーヒーを見て笑った。
「子供みたいな甘さだな」
その言葉にし恥ずかしくなって、私はずっとこのコーヒーを買うのをやめていた。
プルタブをけるさな音が、待に響いた。
カフェオレをもうんでから、私はスマートフォンの旅代理の予約アプリをいた。
帰りのならいくらでも配できる。
都内のマンションに戻るだけなら、何も迷う必はなかった。
しかし、私は別の画面をいた。
横浜から、母のむ実にい駅までの経を検索する。
画面をタップし、今の午の指定席を選んだ。
『荷物がいから指定席』
のでそう呟きながら予約を完させたが、私の指先は全く震えていなかった。
予約完の画面を消した、私はもう度メッセージの画面をいた。