"13歳の娘だけ、保険証にいなかった" 第1話
昭364、野県のあいにあるさな町にも、ようやく遅いが訪れていた。の、軒に残っていたはほとんど消え、田んぼでは苗代の準備が始まっている。駅の商には「国民皆保険」の文字がかれたが貼られ、役へ入りするの姿も、例よりしくなっていた。
藤井へしい国民健康保険の保険証が届いたのは、そんな夕方だった。製材所から戻った父の修が、作業着の胸ポケットからい冊子を取りし、「役でもらってきたぞ」と卓袱台のへ置いた。母の子は噌汁を温めながら、「そこに置いておいて」と答えたが、どこか落ち着かない様子で何度も台所から振り返っていた。
13歳の美津子は、そのことに気づかなかった。学へ入学したばかりで、しい制にもまだ慣れず、そのは同級から借りた教科を返すことばかり考えていた。卓へ噌汁を運んだ、たまたまかれていた保険証の文字が目に入り、何気なく族の名を読み始めた。
世帯主、藤井修。妻、子。男、浩、10歳。次男、信夫、7歳。
そこで終わっていた。
美津子は度目をし、もう度から読み直した。修、子、浩、信夫。裏の欄まで確かめたが、「藤井美津子」という名はどこにもなかった。
「お母ちゃん」
美津子は噌汁の椀を卓袱台へ置いた。
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「私の名、ないよ」
子のが止まった。
「あら」
では驚いたように言ったが、その声は自然だった。美津子が「役の、忘れたのかな」と笑いながら冊子を差しすと、子は娘のから奪うように受け取り、すぐに閉じてしまった。
「これは見なくていいの」
「何で?」
「役の違いでしょう。お父ちゃんが聞いてくれるから」
ほんのしまで、美津子は本当にそれだけだとっていた。役所のが分をき忘れたのだろう。それなら父が言えばすぐ直るはずだし、笑い話にすらなるとっていた。
ところが修は何も言わなかった。
いつもの父なら、「役所だって違えることくらいある」と笑い、翌朝には役へ乗り込むようなだった。何かにつけて声をすくせに、困っている族を見ると最には自分がく。美津子はそんな父をしうるさいといながらも、頼りにしていた。
その父が、黙って飯をべていた。
しかも度も美津子と目をわせない。
「お父ちゃん、ってくれる?」
美津子が聞くと、修は箸を止めた。
「ああ」
それだけだった。
「朝?」
「仕事の途でな」
「学帰りに私もこうか」
「来なくていい」
修の声がった以にかった。
卓袱台の向こうで、10歳の浩が顔をげた。7歳の信夫も何かがおかしいとじたのか、噌汁の椀を持ったまま父と姉を交互に見ている。
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子は「ほら、ご飯がめるよ」と話を終わらせたが、その夜の卓には最までたい空気が残った。
美津子は布団へ入ってからも眠れなかった。隣の部では浩と信夫が寝息をてているが、台所の方からは両親が声で話す音が聞こえてくる。何を言っているのかまでは分からなかったものの、折、母の「今さら」という言葉だけが聞こえた。
美津子は布団ので目をけた。
今さら、とは何だろう。
ただ名がつ抜けているだけなのに、どうして父も母も、こんな顔をするのだろう。
翌朝、修はいつも通り製材所へかけた。勤に「役へくから、おは学へけ」と言われたが、その言葉を美津子は素直に信じられなかった。
通学の途に役がある。
計を見ると、始業まではまだ30分く残っていた。
美津子は役のでを止めた。
「ちょっと聞くだけなら、遅れない」
自分へそう言い聞かせ、へ入った。
窓にはまだがなく、若い男性職員が類を並べていた。美津子が事を説すると、職員は最初こそ「き漏れかな」と笑い、分い台帳をいた。
「藤井修さんのお宅ね」
「はい」
「美津子さん……13歳?」
「そうです」
職員の指が途で止まった。
笑顔が消えた。
「ちょっと待ってね」
奥から配の職員が呼ばれた。は台帳を挟んで声で何か話し、何度か美津子の方を見た。
胸の奥がたくなった。
「何か違ってますか」
配の職員は子をすすめた。