"追い出された妊婦の家" 第5話
方、自宅では別の問題が起きていた。由佳が元の居へ戻る、男の転続きを始めていたことが分かった。学から所確認の話が私の携帯へ入り、初めてった。
提された《同居承諾》には、宅所者として私の名がかれていた。署名は俊介の字だった。
族のだけの約束ではない。夫は私の名を使い、政続きにまで期同居の事実を作ろうとしていた。
私は話を切ったあと、腹の奥がく張るのをじた。子へ座り、呼吸をえても治まらない。母に付き添われて産婦科へ向かう途、俊介からメッセージが届いた。
《母さんが病院へく。族の問題をへ持ちすな》
その直、病院からも着信があった。
「美咲さんのお母さまと名乗る方から、産のち会いと退院先を変更したいという連絡がありました」
私はまだ、姑に病院名さえ直接教えていなかった。
着信画面を見ながら、私は俊介が度だけ勝な判断をしたのではないと理解した。の部を渡し、をかし、私の署名をき、病院の報まで母へ渡した。そのすべてが、産すれば私が族かられられなくなるという同じ考えにつながっていた。
病院へ向かう内で、母は俊介へ話しようとした。私は止め、まず医師に自分の状態を確認してもらうと伝えた。
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今は夫を言い負かすことより、子どもと自分の全を優先する。その順番だけは、誰にも入れ替えさせなかった。
診察では直ちに入院が必な状態ではなかったが、医師から仕事と移を減らし、張りが続くは休むよう言われた。私は病院の相談で、緊急連絡先と面会希望者を改めて登録した。
俊介は子どもの父親として連絡先に残したが、医療報の伝達とち会いは私の同があるに限る。久美子は面会とし、退院先もホテルではなく、産ケア施設を利用したに全な居へ移る予定だと伝えた。
職員は族関係を裁かず、本の希望を記録してくれた。久美子が話で話しただけで変更が確定した事実はない。ただ彼女は、自分が俊介の母親であることを、私の母親であるかのように使っていた。
病院をると、久美子が待の端に座っていた。きな袋には、命名と退院に着せるいドレスが入っていた。彼女は私を見るなり、「の恥を護師に話したの」と責めた。
「誰から病院名を聞いたんですか」
久美子は答えなかった。俊介へ確認すると、母子帳の表を撮った写真から分かったのだと言った。私はその写真を夫に送った覚えがなく、調べると自宅の共タブレットに保した仕事用写真のへ混ざっていた。
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俊介は端末の暗証番号をっている。彼が久美子へ写真を転送し、予定、病院名、健診まで伝えていた。
「母さんが伝うために必だった」
「伝いを頼んでいない。私の診療報を渡すに、なぜ聞かなかったの」
夫は、族にそこまで隠す方がおかしいと反論した。話は平線だった。私は共タブレットのアカウントを切りし、自分のデータをしい端末へ移した。
会社にも事を伝え、予定より週く宅勤務へ切り替えた。司の真鍋は、担当の改修案件を若の亜希とでめる体制を作った。私は迷惑をかけたくないと焦ったが、真鍋は「産休は罰ではない。引き継げない仕事の作り方の方が問題だ」と言った。
自宅の退期限の、由佳は子どもたちを連れて元の居へ戻った。段ベッドは運びされたが、ベビーベッドの柵にはい傷があり、布団の部にはみ物の染みがついていた。
由佳は子どものしたことだから仕方ないと言った。私は鳴らず、修理と買い替えの見積もりを取ると伝えた。子どもを責めないことと、が損害を引き受けないことは同じではない。
久美子は自宅へ戻ったものの、の業を諦めなかった。俊介もに残り、母へ渡したは自分の責任で返すと言った。ただし婚には同せず、子どもがまれれば私も考え直すはずだと信じていた。
私はへ戻らなかった。鍵は俊介が持ち、久美子が複製した能性もある。