"「帰ってこなくていい」と笑った家族――20年目の離婚届" 第14話
7万7000円の部
91、私は野会計事務所の正社員になった。
しい雇用契約には、24万円、社会保険加入、賞与2回と記されている。野所から渡された名札は、パート代と同じ《国真由美》だった。
婚も名字は国のまま使うことにした。職で14使ってきた名であり、里奈と違う名字にする必もないとったからだ。婚姻の名字を続けて名乗る届も、期限を確認して済ませている。
名字を残すことと、あのへ戻ることは別だった。
「今から担当先を3社増やします。無理ならめに言って」
野所が渡したファイルを受け取り、私は「分かりました」ではなく、「期限を確認してから返事をします」と答えた。黙って抱え込まないことも、これから覚え直す仕事のつだった。
同じ週の曜、私は朝倉駅のマンションへ引っ越した。
賃7万2000円、管理費5000円。わせて7万7000円の1LDKで、1階には夜10まで営業するスーパーがある。向きの窓をけると、がホームへ入る音と、パンから流れてくる甘い匂いが届いた。
父は朝から軽トラックをし、段ボールを6箱運んでくれた。母はい緑のカーテンを取り付け、台所へしい布巾を2枚置いた。
「ここにずっといてもよかったのよ」
母が脚からりながら言った。
「ありがとう。でも、1度くらい自分1で暮らしてみたいの」
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母はし寂しそうに笑い、「困ったは、困ったと言いなさい」とだけ答えた。父はベランダから駅を眺めたまま、「カーテンのさはちょうどいいな」とつぶやいた。
2が帰ったあと、部は急に静かになった。以のでも、浩司と里奈がそれぞれの画面を見ている夜は静かだった。しかし、今の静けさには、誰かの嫌を探る必がない。
夕はスーパーで買った刺と、さな豆腐を半分だけ入れた噌汁にした。米も1ではなく、翌朝の分を含めて0.7だけ炊いた。量を減らしても責めるはいない。べ終わるも、呂へ入る順番も、自分で決められた。
夜9を過ぎた頃、私は無識に蔵庫をけ、もう1分の夕を温めようとした。を伸ばした先には、豆腐の残りと麦茶しかない。浩司の帰宅刻を気にする習慣が、体のにはまだ残っていた。
私は蔵庫を閉め、湯を沸かして自分のためだけに茶を入れた。20かけてについた癖は、婚届1枚で消えるものではない。それでも、気づくたびに1つずつ放していけばいいとえた。
翌の午、里奈から《部を見にってもいい?》と連絡が来た。
勝に来るのではなく、先に尋ねてきた。それだけで、2の関係が以とは違う方向へいていることが分かった。
里奈は自分で握った形のぞろいなおにぎりを2個と、20冊目の計簿を袋に入れて持ってきた。
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「パパがにしたままだったから、これは私が預かってた」
計簿には、婚届が挟まれていたページの跡が残っていた。私は表を撫で、棚の番へ置いた。
里奈は学図館の理作業へ4入り、5000円で2万円を受け取っていた。宿代を自分で支払った画面を見せると、照れくさそうにスマートフォンを伏せた。
「たった2万円だけど、自分で払うとさが違うね」
「額だけじゃなく、そこに使ったが分かるからね」
私はおにぎりを1個受け取った。塩がしかったが、何も言わずにべるのではなく、「次はしだけくして」と伝えた。里奈は笑って、「じゃあ次も来ていい?」と尋ねた。
「来るに連絡して。それならいいよ」
鍵は渡さなかった。拒絶ではなく、境界を作るためだった。里奈もそれ以求めず、帰り際に自分の器を洗った。
玄関で娘を見送った直、瀬弁護士からメールが届いた。
《財産分与に関する案がまとまりました。国さんが20管理してきた記録が、相側の示内容と致しています》
20冊の計簿は、とうとういではなく、私のを取り戻す証拠になった。