"「帰ってこなくていい」と笑った家族――20年目の離婚届" 第13話
8億円の肩が消えた
その週の曜、浩司は栄物産の会議へ呼ばれた。
机の向こうには社、営業本部、事担当役員が並び、相川さんと畑さんも別の席に座っていた。机には共精の案件記録と、4の社内チャットが2つの束に分けて置かれている。
「調査結果を伝える」
事担当役員が最初に読みげたのは、部へ私類の証を命じた件だった。浩司は「頼んだだけだ」と主張したが、《部命令》《評価に響かせたくないだろ》という送信記録と、の証言が残っている。
「司と部の関係で、拒否すれば評価へ響すると受け取られる言葉を使った。これは私活だけの問題ではない」
次に示されたのは、8億円の共精案件だった。
過11かの面談記録は32件。そのうち浩司が同席したのは5件で、顧客の望をまとめた議事録、見積修正、納期調の半は相川さんと畑さんが担当していた。ところが役員会へされた成果報告では、の名が補助担当へげられ、責任者として浩司だけがきく記載されていた。
相川さんは納期縮のためへ7回を運び、畑さんは休にも品質資料を作り直していた。が提した報告には作成履歴が残っていたが、浩司は最終版から担当者欄を削り、自分が指示した成果として役員へ説していた。
広告
「部として全体を管理した。最終責任は私にあります」
「最終責任を負うなら、問題が起きた3回の会議にもるべきだったな」
社が記録を閉じた。
「君を解雇するための調査ではない。肩と成果を、本来の位置へ戻すための調査だ」
浩司は営業部の職には残されたが、共精の責任者から正式にされ、担当する取引先を組み替えられた。管理職としての評価は期末にやり直され、部への私命令については面での処分が残る。
10の昇を直ちに取り消すのではなく、今3かの管理記録と部への対応を見て再評価する。それは浩司にとって、1度の失敗を理由にした処罰より厳しかった。義父の名でも部の成果でもなく、自分の仕事だけで部にふさわしいと示さなければならないからだ。
方、共精の実務責任者には相川さんが、納期と品質の調担当には畑さんが正式に指名された。の名がしい組織表の央へ移されると、浩司は唇をかみ、しばらくから目をげられなかった。
「最に、へ言うことがあるはずだ」
社に促され、浩司は子からった。
「私な類に署名させたことと、仕事の成果を正しく報告しなかったことを、謝罪します」
をげたは数秒だった。しかし相川さんも畑さんも、すぐに「もう結構です」
広告
とは言わなかった。形だけの謝罪で関係まで元に戻るわけではない。それを浩司自が受け止めることも、処分の部だった。
会議をた浩司の机からは、共精の社名が入った青いファイルがなくなっていた。代わりに置かれていたのは、引き継ぎを求める覧表だった。周囲の社員は仕事を続け、誰も慰めにも事を聞くためにもづかなかった。
父はさんから結果だけを聞き、「そうか」と答えた。私には、浩司が部のまま残ったことも含めて、そのまま伝えてくれた。
「もっとい処分にしてほしかったか」
「ううん。私のために会社をかしてほしいわけじゃない。あのの仕事が、あのの名へ戻ったなら、それでいい」
の縁を自分の力だとい、部の成果を自分の肩へ変えてきた浩司は、8億円という数字だけでなく、そこにつ根拠を失ったのだ。
そのの夕方、会計事務所で伝票をまとめていると、産会社から話が入った。
野所が私の元を見て、「ていいわよ」とさくうなずいた。私は窓際へ移し、震えないよう両でスマートフォンを持った。
「国真由美様、お申し込みいただいた駅の部ですが、入居審査が通りました」
賃7万2000円、管理費5000円。向きのさな部で、私は20ぶりに、自分だけの鍵を持つことになる。