"「帰ってこなくていい」と笑った家族――20年目の離婚届" 第11話
20冊に残った672万円
計簿の最初のページには、里奈が5歳だったの付があった。
《今から野会計事務所。1200円。久しぶりに自分の名で働いた》
そのには、保育園の延料、代、夕の材料費が細かな字で並んでいる。数字の横には、《里奈、で名をけるようになった》と青いペンでかれていた。
里奈はに座ったまま、次の冊、その次の冊と読みめた。
学入学のには、制代の横に《玄関で3回振り返った》。最初の弁当のには、《卵焼きを残さずべた》。反抗期にをきかなかった週でさえ、費と洗濯洗剤のに《はがった。は学へけそう》と記されていた。
浩司の活費は20万円。費、費、用品、里奈の遣いまで、すべてそこからていた。学にりなくなると、私は約10万円のパート代から毎4万円を計へ加えていた。
気代ががったは4万8000円、教科がなったは6万円を入れたもあった。それでも計簿には浩司を責める言葉はなく、《今はを1回減らす》《自分の靴は来》と、私が削ったものだけが記されている。
4万円を12か、それが14。
里奈はスマートフォンの卓へ入力した。
表示されたのは672万円だった。
「パパ、これってた?」
浩司は計簿へ1度だけ目を向けた。
「に入れたなら活費だろ。
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いちいち数えるものじゃない」
「じゃあ、パパが払った学の学費は、どうしていつも数えるの?」
私学の学費は132万円。浩司はその額をすたび、「誰のおかげで学へけるとっている」と里奈に言っていた。方で、教科代や定期代は私の座から支払われていたが、里奈はそのことを初めてった。
学の期だけで教科代は3万6400円、6かの通学定期は5万2180円。どちらも計簿の脇に私の座番号の末尾がかれていた。里奈が「学費はパパ、細かいものはママ」と考えていた支は、決して細かな額ではなかった。
「今度の宿代2万円も、ママに頼めって言ったよね」
「俺は学費を払ってるんだ。しくらい母親がして当然だろ」
里奈は計簿を閉じた。2までなら、その言葉をそのまま私へ伝えていただろう。だが今は、母親がしてきた「しくらい」が14で672万円になったことをっている。
その夜、里奈は私へ計簿の写真を送った。
《ママ、これ、私のこと?》
話をかけると、里奈は洗濯物を取り込みながら泣いていた。
「干すより、取り込んで畳むほうが変なんだね。私、20分の洗濯物のこと、1度も考えたことなかった」
「20分を1度に分かろうとしなくていいよ。今は今の分を畳めばいい」
「すぐ許してほしいから謝ってるんじゃない。宿代も自分で作る。
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学の図館で休みの理の仕事を募集してたから、4入れば2万円になる」
募集は5、5000円で4。これまで里奈は、自由に使えるおがりなければ私へメッセージを送っていた。その夜は初めて、自分で申込へ名と振込先をき、翌朝の締め切りに送信した。
私はすぐに派になったとは言わなかった。ただ、「申し込んだら教えて」と答えた。関係を戻すのではなく、今までとは違う関係をしずつ作ればいい。
話を切ったあと、私は与細と座の入記録を机へ並べた。計簿の写真だけに頼らなくても、毎4万円を計座へ移した履歴は残っている。
翌、浩司の会社へ1通の留が届いた。
差は、私が相談を始めた瀬法律事務所。封筒には、財産分与と分割について、今の連絡を代理へ本化するよう記されていた。
浩司は「婚届をせば全部終わりじゃないのか」と、受付ので声をげた。