"「帰ってこなくていい」と笑った家族――20年目の離婚届" 第8話
もう義父ではない
815の夕方、母が庭へをまいていると、のでが止まった。
砂利を踏む音がづき、浩司が玄関先に現れた。盆休みのはずなのにワイシャツ姿で、襟元には汗がにじんでいる。母は扉を半分だけけたまま、のへ通そうとはしなかった。
「真由美に会わせてください」
「本が会うと決めるまで、ここで待ってください」
「族の話なんです」
「もう夫婦ではないでしょう」
母がそう返すと、浩司はの脇に置かれた私の古い自転へ目をやった。実にいると確信したらしく、「言でいいんです」と扉へを伸ばした。母は歩も退かず、そのが触れるに扉を引き寄せた。
浩司が言葉を失ったところへ、父が廊の奥からてきた。
「お義父さん、社に何を話したんですか」
「その呼び方はやめてくれ。もう君の義父ではない」
父は玄関のがり框にち、靴も履かずに浩司を見ろした。
「共精の8億円の案件からされました。あれは私が何もかけて育てた仕事です。お義父さんが社へ余計なことを言ったからでしょう」
浩司は鞄から会議予定表を取りし、赤い線が引かれた自分の名を見せた。だが父はを受け取らなかった。族の話をしに来たと言いながら、浩司が準備してきたのは会社の資料だけだった。
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「私は、君と真由美の婚姻関係が終わったと伝えただけだ。もし私との縁が君の評価に関係していなかったなら、その言で何も変わらないはずだ」
浩司の額から汗が筋流れた。
「30もに社を助けたことを、今さら持ちすなんて卑怯じゃないですか」
「持ちしたのは私ではなく、君だと聞いている」
父の声は静かだったが、庭で鳴いていた蝉までのいたようにじた。
「君は社内で何度も私の名を使ったそうだな。それなのに今、真由美がなぜていったのかではなく、案件をなぜされたのかを聞きに来た」
父とさんは、戦に始めたさなを伝いった代から55の付きいだった。父はその縁を私の結婚へ持ち込まないよう、浩司の仕事について度もをさなかった。それをで肩のように使っていたのが浩司だった。
「婚は夫婦の問題です。会社まで巻き込むことじゃない」
「その通りだ。だから部を婚届の証に使うべきでもなかった」
浩司は線を逸らし、「あれは部が好で」とさくつぶやいた。
父は段り、浩司との距を詰めた。
「真由美は20、君の両親や親戚の用事まで引き受けた。をしても、娘の学事があっても、を回し続けた。それを族だから当然だと受け取った君が、私との縁だけは都よく族の財産だとっていたのか」
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「そんなつもりは……」
「では、真由美が38.5度のをしたに、君は何をした?」
浩司のが止まった。私が寝でけずにいたあの、浩司が送ってきたのは《夕飯はどうする》という文だけだった。
「20連れ添った妻がをた。君はその理由を本ではなく、私に聞きに来た。それが答えだろう」
玄関の奥で聞いていた私は、ゆっくりちがった。父の背に守られたまま終わらせれば、また誰かに自分のを任せることになる。
のひらには爪の跡がついていた。それでもは震えていない。婚届を提した朝から、私は浩司に言われる言葉を何度も像していたが、顔をわせて初めて分かった。怖かったのは鳴り声ではなく、また自分の気持ちをみ込んでしまうことだった。
「お父さん、ありがとう。ここからは私が話す」
父が振り返り、黙って所を譲った。
私が玄関へ姿を見せると、浩司の顔に初めて堵が浮かんだ。
「真由美、やっと話ができる」
けれど、その堵は私を案じたの顔ではなかった。なくした鍵をようやく見つけたの顔だった。