"「帰ってこなくていい」と笑った家族――20年目の離婚届" 第7話
平になった
翌朝8過ぎ、実の固定話が鳴った。
母が受話器を取ると、里奈は挨拶もそこそこに「おばあちゃん、ママに帰るよう言って」と頼んだ。昨夜の話を切ったあと、浩司に何度も説得されたらしい。
私は台所で噌汁をよそいながら、の会話を聞いていた。
「どうして帰ってほしいの?」
母が尋ねると、里奈はしばらく黙った。
「パパは会社が変だし、洗濯物もたまってる。17には親戚も来るの。私、何を作ればいいか分からないし……」
「あなた、真由美がいないほうがは平だと言ったそうね」
母の声は穏やかだった。それだけに、里奈は言い訳を続けられなかった。
「分からなかったことは、今から自分でやって覚えなさい。あなたのお母さんは20、毎朝5半に起きて、誰にも頼まれず族のをえてきたのよ。いなくなって初めて困ったからといって、すぐ元の所へ戻せるではないわ」
「でも、私はママに謝ったよ」
「謝るのは、相をいどおりにかすためじゃないでしょう」
話の向こうで里奈がをすすった。母は責める言葉をねず、洗濯の使い方と蔵庫に残した料理の温め方だけを教えた。
里奈は朝、洗濯へ洗剤を入れすぎてを泡だらけにし、浩司から叱られたらしい。蔵庫には私が作ったつの保容器が残っているのに、浩司はどれを何分温めればよいかも分からず、里奈に任せて会社へ向かったという。
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母は容器の蓋に貼った付と付箋を確認するよう伝えたあと、「失敗したことまでお母さんの責任にしないでね」とを押した。
「真由美に帰ってこいとは言いません。困ったこそ、お父さんとで話しいなさい」
受話器を置いた母に、私はさくをげた。
「私がればよかったのに」
「今すぐ許す必も、ずっと許さないと決める必もないのよ。あなたが自分で決めなさい」
母はそう言って、私の分の噌汁を卓へ運んだ。誰かの嫌ではなく、自分の気持ちを基準にしていい。その当たりが、私にはまだしかった。
同じ頃、栄物産では調査のため休勤した事担当役員が、相川さんと畑さんを別々の会議へ呼んでいた。
確認されたのは、共精の案件だけではない。4の勤務に、浩司から私な類への署名を求められた経緯だった。
相川さんは最初、「詳しく覚えていません」と答えた。しかし事が当の社内チャットを示すと、顔を伏せた。
《部命令。証欄だけいて会議Bへ持ってきて》
送信者は浩司、刻は午438分。直に畑さんへも同じ文面が送られている。
「婚届だとっていましたか」
「会議で初めてりました。断ろうとしたら、国部に『庭のことだから問題ない。評価に響かせたくないだろ』と言われました」
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相川さんは署名、同僚へ《こんなことまで部命令なのか》と送ったメッセージも提した。事は、それが単なる記憶ではなく、当残された記録と致することを確認した。
隣の会議で、畑さんもほぼ同じ証言をした。
午03分、社から父へ3分だけ話が入った。父は縁側で話を聞き、「処分を求めるつもりはない。会社の基準で判断してくれ」と答えた。
話を切る、さんはい声で言った。
「罰を与えるんじゃない。今までから奪っていた評価を、本来の持ち主へ戻すだけだ」
そのの午、浩司の机から共精の資料が回収され、相川さんと畑さんが正式な担当者として会議に呼ばれた。
浩司が次に呼ばれたのは、営業会議ではなかった。
事部の机には、4の社内チャットを印刷したが置かれていた。