"「帰ってこなくていい」と笑った家族――20年目の離婚届" 第2話
20冊目の計簿
役所をた私は、駅へ向かう途のベンチに腰をろした。蝉の声がからり注いでいたが、議と障りではなかった。提げのには、婚届を抜き取ったあとの計簿が1冊入っている。
結婚したから毎1冊ずつつけてきた、20冊目の計簿だった。
浩司が婚届を持ちしたのは4の夜だ。私が「今週はお義母さんへの話をあなたからして」と頼んだだけで、彼は斎から用を持ってきて卓へ放った。
「文句があるなら婚すればいい。どうせおは、1じゃ活できないけどな」
夫欄には所、本籍、までかれ、署名の横には印も押されていた。証欄の名は、営業部の部である相川健吾さんと畑直さんだった。
「2とも、部の頼みならってすぐいてくれたぞ」
その言い方が気にかかり、私は婚届をスマートフォンで撮した。撮は418、午912分。浩司の署名と証2の名が、同じ画面に残っている。何かに使うつもりではなく、翌朝になって「そんなはらない」と言われるのが怖かったのだ。
ところが浩司は、婚届をした直にもいつも通り夕を求し、焼いた鯖がめていると文句を言った。私がほとんど箸をつけられないまま座っていても、顔を覗き込むことはなかった。
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あの夜、夫婦の関係より卓の温度を気にしたが、4かに何を失うのかを、私はまだらなかった。
浩司は誇らしげに言った。私はを返さず、最の計簿に挟んだ。それから4か、話しおうとするたびに「飯はまだか」「呂を沸かせ」「のシャツは」と遮られた。今朝、最にを確かめても、返ってきたのは「したきゃせばいい」だった。
計簿をくと、細かな数字が目に入った。結婚に仕事を辞め、里奈が幼稚園へ入ってからの仕事を始めた。今の野会計事務所では14働き、週4、15、1200円。の収入は平均10万3000円ほどだった。
最初は領収を付順に並べるだけだったが、今ではさな会社の次入力から与計算、決算の資料確認まで任されている。数字が1円わなければ原因を探し、顧客がそうなら専用語を使わず説した。では「たかがパート」と呼ばれた仕事を、弥だけは14見ていた。
浩司から渡される活費は20万円。里奈がへんでからはりないが増え、私は毎およそ4万円を自分の料から補ってきた。
4万円を12か、それを14。
計672万円。
「誰がわせてやっているとってる」
浩司は何度もそう言った。しかし、この数字をあのは度も見たことがない。
スマートフォンが震え、勤務先の所、野弥からメッセージが届いた。
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《昨の話、返事はお盆けでいいからね。焦らなくて丈夫》
、弥から正社員にならないかと打診されていた。24万円、社会保険加入、賞与は2回。経理経験がく、顧客をして任せられるからと言われたのに、私は浩司が反対する顔をい浮かべ、そので返事ができなかった。
けれど、その浩司はもう夫ではない。
私は画面に指を置き、い文章を打った。
《9から、ぜひ正社員として働かせてください》
送信すると、胸の奥に残っていた最の迷いまで消えた。
すぐに弥から《待ってた。91からよろしく》と返信が届いた。たった1なのに、ベンチで背を丸めていた私の姿勢が自然に伸びた。必とされることと、便利に使われることは違う。その違いを、私は43歳になってようやくった。
これから私をべさせるのは、私自でいい。