みかん小説
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"五十万円の便利妻" 第2話

その言葉のあまりの軽さと、自分本位極まりない響きに、私の胸の奥でピンと張り詰めていた細い糸が、静かに、音をてて切れ落ちた。

けれど。 議なことに、りは湧いてこなかった。 悔しさで涙がこぼれることもなかった。

喉の奥からせりがってきたのは、乾いた、滑稽なまでの「おかしさ」だった。

ふっ、とさな笑い声が私の唇から漏れた。

「……何がおかしいんだ?」

浩司が怪訝そうに眉をひそめ、コーヒーカップをソーサーに戻した。カチャリとたい陶器の音が響く。

私はゆっくりと顔をげた。

「おかしいじゃありませんか。あなたがそこまで元気になって、世して。私、本当に嬉しいのよ」

それは負け惜しみでも、皮肉でもなかった。 の底からの、本音だった。 夫がここまで完全に油断し、自分が完璧な勝者だと信じ込んでくれていなければ、私の最の仕事は始まらないからだ。

私は腰の痛みをかばいながら、静かにがった。 そのまま寝へと向かい、押し入れの袋から埃をかぶったスーツケースを引きずりす。

引きしをけ、自分の着古した類と、最限のの回りの品だけを淡々と詰め始めた。結婚記に浩司が買ってきたっぽいブランドバッグやアクセサリーには、指本触れず、クローゼットに残した。

「おい、由美、急にどうしたんだよ?」

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から廊りに追ってきた浩司が、ドア枠に肩を預けながら、戸惑ったような声をげた。

「あなたが自由になりたいと言うなら、その通りにしましょう。私は今すぐ、このていきます」

私が度も振り返らずに淡々と答えると、浩司は目を丸くした。 そして次の瞬の底からホッとしたように、く息を吐きした。

「……そうか。話がくて助かるよ。泣いて縋り付かれたら面倒だとってたけど、やっぱりおは昔から物分かりがいいよな」

浩司の元に、隠しきれない優越と嘲笑が浮かぶ。 荷物を詰める私の背を、彼は「になった古い具を処分できた」とでも言いたげな、ややかな目で見ろしていた。

夫は完全に勝ったつもりでいた。 邪魔になった体を壊した妻をわずかな端で追いし、これでようやく、に入れた位としいを満喫できると信じ切っている。

けれど。 このの夫は、まだ何も気づいていなかった。

私が装ケースの底から、ある冊の分いノートと、さな黒いUSBメモリを抜き取り、確実に提げバッグの底くに滑り込ませたことに。

そのノートは、も欠かさずき留めた【介護詳細誌】だった。 何何分に失禁したか。何擦れの処置をしたか。浩司が「接待」と称して朝帰りをしたに、義父がどれほど苦しんでいたか。

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そしてUSBのには、浩司が私の名義で勝て替えさせ、度も返還しなかった数万円単位の医療費領収の画像データと、ある若い女性との々しい社内チャットのログがすべて保されていた。

「じゃあ、体に気をつけてね。お仕事、頑張って」

玄関で靴を履き替え、ドアノブにをかけた私は、振り返って静かにげた。

「ああ、おもな。今まで本当にありがとうよ」

のこもっていない、定型文のような軽い言葉を背に受けながら、私はゆっくりとドアを閉めた。 シリンダー錠がカチャリとたく噛みった、まさにその直だった。

い鉄扉の向こうから、浩司が誰かに話をかける、弾んだ声がはっきりと漏れ聞こえてきた。

「――もしもし、美穂? ああ、今終わったよ。信じられないくらいすんなりていった。これでやっと、で暮らせるな」

その浮かれた、甘ったるい声をドア越しに聞きながら、私は団暗い階段のたい空気を、胸の奥くまで吸い込んだ。

胸のにわずかに澱のように残っていた、が、サラサラと音をてて消えっていくのをじる。

夫の裏切りは、義父が息を引き取るから、すでにっていた。 私がこれから見届けたいのは、ただつ。 自分を利だと信じ込んでいる愚かなたちが、自ら掘った落とし穴にどこまで無様に転がり落ちていくのかという、その結末だけだった。

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