"15冊帳簿の専業主婦" 第1話
「お、最本当に物忘れが酷いな。自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
精密器メーカーのコンプライアンス統括課を務める夫・健司のその言葉を、私はこの半、毎のように浴びせられ続けてきた。
半ば、枯らしが吹き抜ける午。京・練馬区の宅にある築の階建て戸建てで、私は来に受験を控えた歳の娘・咲良のために、古い庭用タブレットのデータ理をしていた。使わなくなった教育アプリを削除し、空き容量を確保するだけの、どこにでもある主婦の平凡な夕暮れの事のはずだった。
だが、クラウドのストレージ同期を解除しようとした、見慣れない共フォルダが目に留まった。
タイトルは『庭内観察記録・控』。
何気なくタップした私の指先が、画面に表示されたPDFファイルの最初の数を見た瞬、ピシリと凍りついた。
『対象者(妻・真由美)の精神能および判断能力喪失に関する観察ログ』
几帳面なフォントで作成されたその文には、付と刻、そして私自のが、警察の現検証のような無質な文体で克に記録されていた。
『。所のドラッグストアにて。洗剤の会計に銭の計算がわず、レジで数分ち尽くす。
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軽度の認能障害および解症状の疑い』 『。階ベランダにて。洗濯物を干したまま虚空を凝し、数分にわたり無反応。独語あり』
さらにスクロールすると、背筋が粟つような写真の数々が添付されていた。 スーパーの特売売りで俯いて参を選んでいる私のろ姿。ドラッグストアのカウンターでを抱えている私の横顔。柱のやの内から、望レンズで執拗に隠し撮りされた私の常だった。
息が止まりそうになった。 レジで迷っていたのは、騰する費を切り詰めるため、持ちの銭とポイントカードの残を必に照していたからだ。ベランダでち尽くしていたのは、健司から夜に浴びせられた「おは専業主妇のくせに飯の炊き方つ満にできない」という罵声に耐えかね、涙を堪えていただけだ。
それを、夫はすべて私の
精神異常の証拠
として収集していた。
臓が鐘のように打ち鳴らされる、私は吸い寄せられるように階奥の健司の斎へ向かった。普段は「会社の類があるから入るな」と厳に言い渡されている部だ。
ゴミ箱のには、裁断されずに捨てられた数枚のファクス用の控えが丸まっていた。 震えるでそれを広げた瞬、私の喉の奥からヒュッと掠れた鳴が漏れた。
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『成見始申および親権喪失に関する事相談票』
差は、健司が懇にしている法律事務所。相方欄には私の名。 そしてそのには、私の名義を勝に使って設された、消費者融社からの督促状のコピーまで隠されていた。総額百万円。私はクレジットカードすら枚しか持たず、リボ払いすらしたことがないのに。
でカチャリと属音が響いた。 続いて、玄関のい引き戸が静かにく音。
「ただいま。真由美、いるかい?」
計を見る。午分。すぎる。普段ならどれほどくてもを回るはずの健司が、なぜ。
私は屑を素くポケットにねじ込み、台所の流し台へ駆け戻っての蛇を捻った。たいでを洗いながら、必に乱れた呼吸を押し殺す。
「おかえりなさい、あなた。今はずいぶんいのね」
簾をくぐって入ってきた健司は、仕ての良いチャコールグレーのスーツにを包み、な鏡の奥で柔らかく微笑んでいた。所が羨む「エリートで妻の理の夫」の顔だった。そのには、駅の級果物のロゴが入った袋がげられている。
「ああ、今はコンプライアンス委員会の会議がく終わってね。駅でおの好きな粒のあまおうを見つけたんだよ。最、おはずいぶん顔が悪かったし、疲れが溜まっているようだったからね」
健司はカウンターに苺のパックを置き、私の肩を労わるように優しく抱いた。