"墓前の少女は「娘は生きてる」と言った" 第5話
今も咲が堂へているにでを抜け、を持って墓へ向かったのだという。
「本当に、きたがしなかった」
咲は娘の眠る襖を見た。
私は墓で会ったのゆきの言葉をいした。「その、きてるよ」と迷いなく言えたのは、毎母親と緒にそこへっていたからだった。あの子にとって墓の文字は者の名ではなく、母親が昔使っていた名だったのである。
咲は押入れの奥から古い菓子缶を取りした。蓋をけると、輪ゴムで束ねられた封筒が7通入っており、すべて私宛てだった。切まで貼ってあり、最も古い通は角が擦り切れていた。
「に通ずついた。でも、せなかった」
何度もポストのまでき、そのたびに戻ったのだという。消印が残れば域が絞られ、誰かへ頼めばそのを巻き込み、私へ話をすれば修司が何らかの方法でるかもしれない。恐怖が理だったのか、すべてが現実に起こり得たのかは、もはや咲自にも分からなかった。
ただ、い支配され続けたののには、相の目がいなくなっても残るのだろう。
菓子缶の底には、もうつ古びた封筒があった。私が咲の嫁ぐ朝に渡したものだった。はほとんど残っていなかったが、咲はそので助産師への謝礼を払い、この町まで来る交通費を面し、産しばらくの活を支えたのだという。
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私は、自分が何もしてやれなかったとい続けていた。
けれど10、何気なく渡したつの封筒だけは、娘をここまで運んでいた。
「お母さん」
咲が言った。
「らないの?」
もちろんっていた。7もの、娘がきているとらされなかったことにも、孫のすららなかったことにも、苦しんでいるに頼られなかった自分自にも腹がっていた。なぜ度くらい連絡をくれなかったのかと責めたい気持ちは、今も胸の底で消えてはいなかった。
けれど目のにいる娘が、自分のために沈黙したのではないことも分かってしまった。
咲は私を捨てたのではない。
私を網のへ置くため、自分から切ったのだ。
私は膝ので震えていた娘のへ、自分のをねた。
「話してくれてありがとう」
それだけ言うと、咲の顔がようやく38歳の女から、昔の私の娘へ戻った。
声を殺しながら、い泣いていた。
翌朝、目を覚ますと、ゆきが枕元へ正座して私の顔を覗き込んでいた。「おばあちゃん、いびきかいてたよ」と真顔で言われ、私は7ぶりに娘と再会した翌朝だというのに、わず笑ってしまった。台所へくと咲が噌汁を作っており、ちゃぶ台にはつの茶碗が並んでいた。
朝のあと、私は咲が働く堂へ挨拶にった。を切り盛りする初は60代半ばの柄な女性で、咲を見ると「佐紀子ちゃん」
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と呼んだ。それがこの町で娘が使ってきた名だと、私はその初めてった。
初は7、元を証する物を持たず、きなお腹で現れた咲を雇った。事を詳しく尋ねなかった理由を聞くと、「うちはがりなかったし、この子はよく働いたから。それだけ」と簡単に答えた。裏の借も初の持ち物で、咲は堂の伝いや縫い仕事をしながら、ゆきを育ててきた。
事を聞かないというのも、を守る方法になるのだと私はった。
そのの午、私は何気なくゆきへ齢を尋ねた。
「7つ」
答えた瞬、台所にいた咲のが止まった。私は所の子どもたちがしいランドセルを背負って歩いている姿をいし、胸のにさな疑問が浮かんだ。
「学は?」
部が静かになった。
咲はしばらく黙ったあと、この町ではゆきを初のい親戚の子として周囲へ説していることを話した。届はしておらず、「ゆき」という名も所で呼ばれるために決めただけだった。役所へ匿名で相談し、事のある子どもでも教育を受ける方法があることは聞いていたが、何か正式な続きをすれば修司へつながるのではないかという恐怖から、最の歩を踏みせなかった。
「今の、所の子がランドセルを買いにくのを、ずっと見てた」
咲の声が震えた。