"墓前の少女は「娘は生きてる」と言った" 第3話
娘の顔に浮かんでいたのは罪悪よりも、もっと切迫した恐怖だったからである。
泣いてはいけない、と私はった。ここで私が泣けば、咲は自分が私を傷つけたとい、ますますを閉ざしてしまう。問い詰めれば、怯えているは貝のように殻へ閉じこもる。
だから私は、7ぶりに会った娘へ、まるで昨も顔をわせたようなことを聞いた。
「あなた、ご飯はちゃんとべているの?」
咲の肩がきくした。しばらく返事はなかったが、やがて彼女はをもう度確認し、掠れた声で「入って、く」と言った。私は靴を脱ぎ、ゆきに背を押されるようにして、畳と畳半だけのさなへがった。
内は古かったが、きれいに掃除されていた。ちゃぶ台には縫いかけの子どものスカートが置かれ、壁際の本棚には料理の本と、学へがる子ども向けの図鑑が数冊並んでいた。暮らしに余裕はないようだったが、の米にも困るほど荒れているではない。
柱に枚の写真が画鋲で留めてあった。
私はそこから目をかせなくなった。桜のので、私と咲が笑っている。ついさっき墓で見たものとまったく同じ写真だった。
「これ、お母さんが事にしてるの」
ゆきが得そうに教えてくれた。
あの豪の、咲は何もかも捨てたわけではなかった。
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私との写真だけを、持って逃げたのだ。
ゆきが麦茶を持ってきてくれた。さなできな筒を傾けたものだから、しこぼれて畳に滴が落ち、咲が慌てて布巾を取りにった。その景を眺めているうちに、私ので止まっていた7のが、音をててき始めたような気がした。
「この子……あのの?」
私が尋ねると、咲はゆっくり頷いた。
「豪ののにまれたの」
咲はゆきを寝かせてから、私の向かいへ正座した。膝ので両をね、そのばかり見ながら、結婚してからのことをしずつ話し始めた。最初にてきたのは、きな暴力でも派な事件でもなく、毎の活費の話だった。
結婚してもなく、のはすべて修司が管理するようになった。咲に渡されるのは週分の費だけで、りないと言えば「やりくりもできないのか」と責められ、レシートを枚ずつ机へ並べさせられた。数百円の使いがわないだけで、夜まで問い詰められることもあったという。
やがてするにはき先と帰宅予定をかされるようになった。を10分過ぎれば携帯話が鳴り、られなければ帰宅に「誰と会っていた」「何を隠している」と何も問い詰められた。実へ帰る回数も徐々に減らされ、最には盆や正でさえ理由をつけて止められた。
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「どうして、何も言わなかったの」
にした瞬、聞くべきではなかったとった。けれど咲は責められたとはじなかったようで、し考えてから「自分でも分からなくなってた」と答えた。毎しずつ基準を変えられると、昨よりひどいことでも、それが普通なのだとい込んでしまうのだという。
度、私へ話したことが修司にられた夜、話のコードを抜かれた。咲は玄関先へ座らされ、朝方まで「おは俺がいなければ何もできない」「族を壊しているのはおだ」と言われ続けた。翌朝、修司が何事もなかったように朝をべて仕事へる姿を見て、むしろ自分がおかしいのだろうとったそうだ。
私は結婚式のの修司をいした。紋付き袴でくをげ、「必ず咲さんを幸せにします」と私たち夫婦へ言った男である。礼儀正しく、声を荒らげるところなど度も見たことがなかったからこそ、私は娘からの話が減っていっても、婚活が忙しいのだろうとっていた。
妊娠が分かると、修司の執着はさらにくなった。検診を管理し、誰と話したかまで確かめ、子どもの名についても「俺が決める」と言った。咲が私へ妊娠をらせたのは、修司が張でを空けたいだったという。
「話の、嬉しくなかったでしょう」
私は何も答えられなかった。
「嬉しかったの。でも、嬉しいって声にしたら、その幸せまであのに見つかるような気がしてた」