"27年目、妻は食卓を捨てた" 第9話
で笑った。
以なら卓で当たりのようにあったはずの会話だった。
美子は、その瞬に気づいた。
自分が求めていたのは、完璧な謝でも、豪華な贈り物でもなかった。
作ったものを見てくれること。
相の顔を見て話すこと。
「いただきます」と言い、「おいしいね」と笑うこと。
それだけだった。
彩佳が帰ったあと、美子は窓辺にった。
夕方のには、買い物袋を持つ、仕事帰りの、子どものを引く親がき交っている。
自分もそののとして、これから活していく。
誰かの妻としてだけでも、母としてだけでも、嫁としてだけでもない。
松井美子という、のとして。
婚はその、正式に成した。
孝志から何度か謝罪の連絡が来たが、美子は夫婦へ戻ることは選ばなかった。孝志も最にはそのを受け入れ、自分たちの活を自分たちで回すことを学んでいった。
加代も以のように嫁へ当然の世話を求めることはなくなり、通院や薬を自分で確認するようになった。翔太と匠も、事や洗濯を母親の仕事と考えず、自分の活は自分でえるようになった。
失った卓は戻らなかった。
けれど、失ったことで初めてったものもあった。
彩佳は々、美子の部へ遊びに来る。
料理の来がよかったはさな容器へ入れて持ってきて、「見して」
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と差しすようになった。
ある休、美子は娘が作った噌汁と、自分で焼いた卵焼きをテーブルへ並べた。
彩佳が座り、し照れたようにをわせた。
「いただきます」
美子も向かい側でをわせた。
「いただきます」
の声がなった。
テレビのきな笑い声もない。
スマートフォンを見たまま箸をかすもいない。
目のの相と、目のの事を切にするだけの静かなだった。
美子がをてから、ちょうどが過ぎた。介護施設では厨の仕事にもすっかり慣れ、しい献を提案する役割まで任されるようになっていた。施設側から調理師免許の取得を勧められ、美子自も「今からでも勉してみようかしら」と考え始めていた。
50代になってから試験勉を始めることにはもあった。仕事を終えて帰宅すると目が疲れ、教科をいたまま眠ってしまう夜もある。それでも、誰かから命じられているわけではなく、自分がやりたいとって始めた勉は、議と苦痛ではなかった。
ある、施設の利用者である80代の女性から声をかけられた。
「松井さん、最なんだか顔がるくなったわね」
「そうですか?」
「から優しかったけど、今は自分もちゃんと幸せそうな顔をしてる」
美子は返事に困りながら笑った。
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族のためにきていた頃、自分は幸せではなかったのかと聞かれれば、そんな単純な話でもない。子どもたちがまれたのびも、族で旅したいもあり、27すべてが幸だったわけではなかった。
けれど、いつしか「族のためにすること」と「自分を消すこと」の境目が分からなくなっていた。
今は違う。
休みのには好きな本を読み、疲れていれば夕を簡単に済ませる。料理がしたいはをかけて汁を取り、何もしたくないは総菜を買って帰ることもある。以なら罪悪を覚えたような選択を、自分の活なのだから自分で決めていいとえるようになっていた。
その頃、孝志も以とは違う活を送っていた。
婚も加代と同居を続けていたが、事を誰かに任せることはできなくなった。朝は自分で炊飯器をセットし、休にはスーパーへ買い物へき、母親の通院にも付き添うようになった。
最初は何を買えばいいのか分からず、同じ野菜を何度も買って腐らせたこともある。費がった以にかかることに驚き、特売を狙って買い物をしていた美子の夫を、今さら理解することも増えた。
ある、スーパーの鮮魚売りでカレイが特売になっていた。
以なら美子が迷わず買い、孝志の好みにわせてし甘めに煮つけてくれただろう。
孝志はしばらくパックを見つめたあと、つ買って帰った。